研究課題/領域番号 |
16K02765
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
藤田 耕司 京都大学, 人間・環境学研究科, 教授 (00173427)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | シンタクス / レキシコン / 反語彙主義 / 運動制御起源仮説 / 統語・語彙平行進化仮説 / 汎用併合 / 原型語彙 |
研究実績の概要 |
本研究は,記述的・理論的研究を行う生成文法と,言語進化研究をはじめとする学際的研究を行う生物言語学を架橋することを目的としている.本年度は記述面・理論面に重点をおいた研究を行う計画であったが,準備的考察に終始し,具体的な成果にはつながらなかったので,期間を1年延長して引き続き取り組むこととした. 研究が滞った1つの要因として,生成文法内部において基本演算操作「併合 (Merge)」を作業領域 (workspace) に対する操作 MERGE として見直す流れが生まれ (Chomsky et al. 2017),この新しいMERGEの観点から本研究のこれまでの考察を捉え直すことが容易でなかったことがあげられる. 本研究で仮定する「反語彙主義」および「併合の運動制御起源仮説」はいずれも,統語体を結合するという従来のMergeの考え方に依拠しており,またそれゆえにその進化的ルーツを物体の系列的・階層的操作能力に求めることが可能であった.しかしこれをMERGEに置き換えた場合,たとえば他種にも見られる原初概念の組み合わせから語彙項目を進化させるにあたり,何が作業領域にあたり,MERGE適用の結果,その作業領域の状態がどう変化するのか,また何をもってして語彙項目の出現と見なすのか等,検討すべき問題が噴出する. 現状,MERGEという考え方自体にも不明点が残り,Mergeに比較して,言語固有性,統語演算固有性が強いが,このことは生物言語学・進化言語学の観点からはむしろ不都合であるとも言える.MERGEにおいても,組み合わせ操作としての側面は保持されているため,それのみを重視してMERGEの詳細には拘泥しないアプローチの可能性も浮上する. 以上のような新たな問題について検討を行い,次年度において成果をまとめることとした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度の研究に遅れが生じた理由として,上述のように前提とする理論構成に変化が生じ,それに整合するように本研究の基本仮説を検討し直すことに時間がかかったことがまずある.これについてはさらに検討が必要であり,補助事業期間の延長を申請し承認を得られたところである. 加えて,29年度に採択された新学術領域研究(研究領域提案型)「共創的コミュニケーションのための言語進化学」において,本研究代表者はその計画班代表として全体の統括や国際シンポジウム等のイベント開催に追われ,多忙を極めたという事情もある. 30年度に開催した各イベント中,特に8月に東京および京都で開催した連続国際シンポジア Evolinguistics 2018 では,本研究の海外研究協力者 Cedric Boeckx 氏を招待講演者の1人として招聘しており,結果的に予定していた本研究単独でのイベントの開催が不可能となった.しかし同氏の日本滞在中において,本研究に関するディスカッションも行い,また本研究とこの新学術領域は言語進化など重要なテーマを共有していることもあって,本研究もこの国際シンポジアから多くの収穫を得ている. また,「英文法大事典シリーズ (全11巻)」(開拓社)の監訳作業や,各学会役員,文科省関係委員会委員(非公開のため委員会名称は伏せる)など,他にも多くの業務に時間をとられた点も,本研究に遅れが生じた理由である. これらの事情は次年度も基本的には変わらないのであるが,新学術領域のより効率的な運営を図るなどして善処する.
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今後の研究の推進方策 |
上記MergeとMERGEの相違に関する検討,特に本研究の方向性を後者とどう整合させるかについて考察を進めた後に,今年度からの継続事項として (A) 言語専用の併合操作の進化的・発達的妥当性,(B) 併合の最初の適用対象である語彙項目自体の進化,について検討する.検討の結果,言語進化的に見たMERGE自体の問題点が明らかになることも予想されるが,その場合には,MERGEの技術論的詳細を捨象した一般的考察に重点を置くことになる. (A)から生じる2つの論点,すなわち (A-1) 行動併合から汎用併合への拡張,(A-2) 汎用併合から言語併合への領域固有化については,これまでそれぞれ (a-1) 外在化に依拠したメタファー的拡張,(a-2) 言語専用の併合の破棄,という可能性を探究してきた.この方向性は維持しながら,併合のルーツを行動併合以外に求める可能性も探る.運動制御起源仮説は原則,感覚運動系から統語への進化を提案しているが,他方で概念意図系から統語への進化を提案する立場もあり,両者を統合する可能性も検討する.また併合適用形式の複雑化については,(自己)家畜化が関与するという新しい着想も得ており,これについても考察を深める. (B)については,生成文法では概念形成と語彙形成を同一視し,他種における語彙の不在を概念の不在に帰する傾向が強いが,本研究はこれとは異なり,他種における概念形成を認めた上で,その語彙化が他種では行えない理由を外在化の不在に求める.これは(a-1)の論点とも関連するため,結果的に(A)と(B)を統一的に論じることができる枠組みの形成につながるものと思われる.
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次年度使用額が生じた理由 |
先述の事情により本年度計画に遅れが生じた.特に,本来は本研究によって開催する予定であった国際シンポジウム等のイベントを,上述の新学術領域のイベントの一部として吸収して開催したため,研究者招聘のための旅費や謝金の支出が当初計画通りに行われず,次年度使用額が生じた. 本研究は言語学以外の関連分野を多く含んでおり,それらの進展に関する情報を広く収集するため,図書購入(予定額30万円)や学会参加(同20万円)に次年度使用額の多くを充てる.また成果発表のための海外渡航費が必要である(同40万円,確定済みのものとしては7月にギリシアで開催されるCreteLing 2019での口頭発表がある).その他,本研究に関連した研究発表を行う学生の旅費補助(同22万円)を予定している.
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備考 |
Evolinguistics 2018,およびTokyo Lectures in Evolinguistics 2019は前述の新学術領域研究のイベント特設サイトであるが,本研究との関係も深いので記載した.
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