研究実績の概要 |
本研究では,言語の記述的・理論的研究と,言語進化研究をはじめとする学際的研究を行う生物言語学を架橋することを目的に,特に人間言語の種固有性・領域固有性が高いとされる統語演算システムおよび語彙システムについての考察を深めた.本研究代表者がこれまでに提案してきた「併合の運動制御起源仮説」ならびに「統語と語彙の平行進化仮説」(Fujita 2009, 2017他) は,本研究においても重要な作業仮説を構成するものであったが,これらの仮説の精緻化を中心にして,研究を行った. 併合を道具使用などにおける物体操作能力の外適応であるとする運動制御起源仮説においてこれまで未解決であった問題点は,(1)具体物から抽象物への推移,(2)より単純な組み合わせ様式からより複雑な様式への拡張,が人間においてのみ可能となった経緯である.これらについて,まだ萌芽的なアイデアではあるものの,(1’)抽象概念の外在化を介した具体物化により,概念の具体物へのメタファ的拡張が起きた,(2’)より複雑な組み合わせでは,同時に複数の事物に注意を払う多重注意能が必要となるが,これはヒト進化における自己家畜化の結果(家畜化症候群)の1つとしてもたらされた,という着想を得,国際学会等で発表を行った. 語彙システムの進化については,分散形態論における「ルート」がヒト固有ではなく種間で共有される基本概念に相当し,これをヒトは併合によって階層的に組み合わせることで,より複雑・抽象的な概念を構築するに至った,と考え,国際学会等で発表を行っている.しかしこの裏付けには,比較心理学・動物認知行動学の知見に基づいた他種の語彙・概念システムの解明が今後必要であり,その成果は例えば現在準備中の Cambridge Handbook of Minimalism (CPU) における他分野研究者らとの共著論文において公開することにしている.
|