平成30(2018)年度は、東京大学史料編纂所、奈良県立図書情報館、金沢市立玉川図書館近世史料館、東洋文庫等における関係史料の調査と分析・考察を進め、本研究課題の総括を図った。その一部は「『東大寺古文書』と『諸文書部類』-東大寺文書写本の紹介-」、「『東大寺古文書』と『諸文書部類』の諸問題」として、学術雑誌に投稿中である。これらは、学界未知の文書を紹介するとともに、両写本が柳原紀光による『続史愚抄』編纂や、東南院文書第1櫃第8~9巻の現状成立過程を解明する重要な史料であることを指摘する内容である。口頭報告「観世音寺関係文書二題」は、一昨年行った同題の口頭報告を増補・改訂し、末寺観世音寺の掌握に腐心する東大寺の姿、東大寺印蔵保管文書の動態と活用を示す新出文書に検討を加えたもので、現在、活字化を進めている。 研究期間全体を通じた課題のうち、平安~鎌倉期に作成された東大寺文書目録の基礎的研究については、ほぼ予定通りに、記載文書の比定、データの一覧表化、出納日記と合わせた文書出納の全体像解明を進めることができた。これは、史料学・史料伝来論・東大寺史研究の基礎データとしての価値を有するが、分析の過程で、公験としての東大寺文書の中核たる東南院文書の現状成立過程を考慮する必要が痛感されたため、その検討結果を踏まえての公表を意図している。もう1つの課題、東大寺文書の点検記録・写本の集成と分析のうち、点検記録については、水戸徳川家、加賀前田家による史料採訪事業を中心に考察を加え、学術論文を執筆中である。写本の検討では、特定の文書が書写される傾向を看取することができた。これは、公開する東大寺側の意図と、史料採訪に基づく写本の流布・転写が反映したものと考えられるが、内容未確認の史料もあり、国学者・好古家による知のネットワークの、さらなる考察を組み込んで全体像を提示する予定である。
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