本年度の研究課題は、近世琵琶湖の船支配を担っていた幕藩領主層による舟運への対応の解明であり、彦根藩関係史料を主たる調査対象とした。あわせて、平成28年度、および同29年度に調査した史料を用い、幕藩領主層をはじめとする舟運にかかわる複数の社会集団間の認識の相違について検討した。 具体的には、舟運をめぐる船株争論を分析対象とした。琵琶湖における舟運従事権の根拠とされる船株を有する有株者と、その株を賃借して舟運に従事する無株者との間には、舟運従事の根拠をめぐる認識の相違がみられ、しばしば争論が発生する。両者に対して、琵琶湖の船持ちを統括する大津百艘船の船年寄は、無株者の「家業」として舟運従事を保障することを重視し、一方、近隣諸浦は、慣行のゆらぎを恐れ、有株者の主張を支持した。ともに舟運に従事しながら、その動向はおおきく異なっている。また、彦根藩領以外の浦々の船は、個別領主の区別なく一元的に幕府船奉行の支配下にあることから、舟運争論の取り扱いは容易ではないことが明らかになった。すなわち、舟運争論は、人を支配する個別領主と、船を支配する船奉行の二元的な支配構造をもち、個別領主と船奉行との間で、対処方針に相違がみられる場合があるといえる。最終的に、京都町奉行によって、舟運の問題は船奉行の支配下にある旨が再確認されるが、実際の取り扱いにおいては、切り分けが難しい局面が多いことが想定される。 これらの成果は、論文や書籍として執筆したが、それとともに、社会への還元のために、琵琶湖舟運を主題とする市民講演会や高等学校の教員に対する講演会をもつことができた。
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