本研究は、植民地インドの有力藩王国のひとつであったマイスール藩王国における現地語カンナダ語による文芸・学芸に着目し、それらの文献に見られる王の権威と権力をめぐる言説を分析する。 本年度は、第一に、植民地期にマイスール藩王国で成立した様々なマイスール(藩)王国史の比較分析を昨年度に引き続き行った。特に、王国史書が書き直される過程とその背景や、多様でときに相矛盾する王国史像がそれぞれ構築される状況に着目して分析を進めた。また、そのための追加的な史料調査・収集をイギリス・ロンドンの大英図書館で行った。こうした分析から明らかになるマイスール王国の歴史書の歴史については、今後、論文として逐次、発表していく予定である。 第二に、17世紀以降、(藩)王国で用いられるようになった紙を主な媒体とする各種文書、なかでも、「ニルーパ」と呼ばれる王の命令書に着目し、それらの書式・内容について基礎的な分析を行った。これらの文書の名称や語彙、文体にムガル帝国ペルシア語文書の影響が見られること、その影響はイギリス植民地期の19世紀に入り、より顕著になることを明らかにした。この成果をまとめた論考は、近日中に出版される予定である。なお、植民地期に藩王の半生や事績を題材として作られたカンナダ語詩文学作品にも、ムガル帝国のペルシア語文芸の影響が推測される内容・要素が見られる。イギリス植民地支配のもとで、ムガル帝国とそのペルシア語文芸の影響が強まったことの歴史的意義については、さらなる考察が必要であり、今後の課題である。
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