研究課題/領域番号 |
16K03091
|
研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
黨 武彦 熊本大学, 教育学部, 教授 (80251388)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 清朝 / 乾隆期 / 18世紀 |
研究実績の概要 |
本研究は、清代乾隆期(1736-1795)の政治史を、政治過程分析を中心に再構成し、さらにその成果を「清朝政治史の長い18世紀」研究の中核とすることを構想するものである。 「清朝政治の長い18世紀」とは、康熙帝による奏摺政治の採用(およそ1680年前後)から、中国がグローバル化の波に巻き込まれる道光帝までの時期(およそ1850年前後)を示す。この時期は清朝の皇帝独裁システムが非常に効果的に機能した時期である。一方でこのシステムには人格的な要素が作用する面もあるため、皇帝の個性を強調したによる断代的な分析も同時に必要である。長期的・短期的な視点を複合することにより、より構造的な政治史像を浮かび上がらせることができる。 従来より用いられている清代政治史研究の主要な基本史料は、「档案史料」と呼ばれる、政治過程において作成され蓄積される史料群であり、政治史研究に不可欠であるが、その偏重は、視点を固定させてしまう危惧があるため、新しい史料群として詩集に着目した。ほとんどの清朝の漢人科挙官僚は、詩人としての側面を有し、上奏文などの档案史料に見せない心情の部分を詩に残している、とされる。また、乾隆帝は4万首以上といわれる詩を作り、その内容は政治史の格好の材料となる。しかし、詩を叙述の一部に用いることはあっても全面的に活用した研究はない。档案史料と詩を史料の両輪としていくこと、さらに政治学の理論により歴史解釈を多面化することにより、従来の研究に比してより立体的に政治史を再構成することを目途とし、方観承という乾隆期の官僚の詩集の分析を進め論文(「方観承撰『燕香二集』上について(上)」)を発表した。また、海外資料調査(上海図書館)によって、新史料(『春行疉韻詩』)を発見した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の課題の中核の時期である乾隆期は60年の長期にわたるため、第1期 乾隆元年~乾隆10年 張廷玉・鄂爾泰の輔政時期、第2期 乾隆11年~乾隆19年 乾隆帝の実質的親政開始期、第3期 乾隆20年~乾隆40年 文字の獄の開始、股肱の臣下の相次ぐ死去、第4期 乾隆41年~乾隆60年 四庫全書編纂、ホシェンの実権掌握、といった時期区分をおこない、現在までに第3期のはじめぐらいまでの研究を進捗させた。 昨年度は、従来史料としての活用が遅れている「詩」を利用して政治過程研究を進めていき、具体的には、乾隆初~中期に直隷総督を20年近く務めた方観承の『述本堂詩集』を読み進める作業を継続した。この作業で分析したのは、特に、乾隆帝とのパーソナルな関係、および官僚間の交流関係であり、これにより、政治史において重要な人間関係の詳細が判明し、また、直隷省の地域行政の重点課題、ジューンガル遠征などの対外関係に関わる大きな政治の情勢、貧民救済などの社会の変動に関わる行政の動きなども同時に明らかにし、当時の政治史を重層的にとらえることを可能にした。 現状では方観承という1人の官僚に分析を集中しているので、次第にその範囲を拡げていくことが課題となる。さしあたり方観承の幕友(張鳳孫)や同時代の督撫(例えば尹繼善)などがその対象となるであろう。 また、海外資料調査(上海図書館)の成果として、新史料(方觀承等撰『春行疉韻詩』)を発見した。これは従来知られていなかった史料であると推定される。この史料の分析は、方觀承と彼の幕友との関係性をより詳細に明らかにすることを可能にし、研究の進捗に大いに寄与することが期待できる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、当初の予定通り、平成28年度の研究において着手した乾隆前期の研究を進展させつつ、さらに乾隆帝の政治の迷走が始まる第3期である乾隆20年~40年の政治過程分析に着手し、例えばホシェンの実権掌握の背景等を再検討していく。 研究の手順としては、現在着手している方觀承の詩集分析の完成を期しつつ、分析対象を広げていく。尹繼善の『尹文端公詩集』、梁詩正の『矢音集』、汪由敦の『松泉詩文集』などの読解と訳注を作る作業がその候補となる。特に満洲人の有力政治家であり、長年各地の総督を務めた尹繼善の詩集の分析からは期待できる成果は大きいと予想される。作業にあたっては詩の序文や割註の部分に政治史に必要な諸情報が記されているので、その部分に特に注意する。また、彼らのような高官は乾隆帝とのパーソナルなつながりが強いため、乾隆帝の詩集である御製詩文集とも照合し、具体的政策との関わりなどを分析していく。また、幕友(尹のケースであれば張鳳孫)の詩文集も分析の対象とし、より多面的なアプローチを行う。 さらに、乾隆期に続く時代である嘉慶期(1796-1820)研究をも視野に収めつつ、第4期の乾隆後期研究に重点を移行させる準備を進めていく。分析対象とする官僚は、阮元、王念孫などの督撫、あるいは著名な考証学者である。また、嘉慶期の洪亮吉など詩文集を素材として、乾隆期と同様やはり研究の蓄積の乏しい嘉慶初期の政治過程分析にの準備に着手し、乾隆期との比較研究に備える。同時に「清朝政治史の長い18世紀」構想自体の考察を進め、最終的には乾隆期政治分析の成果を中心とした全体像を提示する成果を示したい。
|