研究課題/領域番号 |
16K03106
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
遠藤 泰生 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (50194048)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 西洋史 / アメリカ合衆国 / 大西洋 / 太平洋 / 世界認識 |
研究実績の概要 |
本年は、大西洋史における「海の民(people of the sea)」と「陸の民(people of the continent or land)」の交錯に関心を寄せる研究者たちと知見の交換を深めた。それらの「民」の具体的な定義はまだ定まらないが、例えば漁師、海事情報誌の発行者、地図制作者、画家などまでを海の民に括ることによって、海の理解をより二次平面的なひろがりを持つものに肉付けすることができる。田中きく代・阿賀雄二郎・金澤周作編『海のリテラシー』(創元社、2016年)などを叩き台に、大西洋史を学ぶ研究者と海の歴史のひろがりを共同で討議したことは本年の成果である。 一方、文学研究者を中心に太平洋のメタヒストリーを追う研究者たちとは、2017年11月22-23日に東京大学で開催された国際シンポジウム”Pacific Gateways”で討議を行い、英国の太平洋進出が英国人自身に与えた世界観の変容を学ぶことが出来た。アメリカ文学の分析に援用可能な視点も多く、刺激になった。 実地の史料調査においては、ワシントンDCでの調査を2018年3月に行った。特に国立公文書館新館(NARA II)の図像資料室に所蔵される、19世紀合衆国海軍天文台作成の海図手稿に注目し、史料を収集した。その結果、英国海軍天文台やロシア海軍との情報の譲受が、合衆国における海の大系的理解に予想外に大きな影響を与えていたことが分かった。19世紀中半の合衆国海軍の情報収集に限れば、ペリーやモーリのほかに、リングゴルドの太平洋測量艦隊の活動が一つの画期であることも明らかになりつつある。ジャワのオランダ植民地政庁やドイツのフンボルトらと情報を交わしたモーリらの活動を洗い直すことで、合衆国の太平洋理解とヨーロッパの太平洋理解との関係をさらに明らかにすることができるだろう。今後もこの方向で調査を続け、成果を論文にまとめたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
伝統的な文字史料として、合衆国海軍天文台所長と各国の海軍天文台、あるいは合衆国海軍艦隊長との間に交わされた海事情報および観測データの収集を本年度試みた。ただし、国立公文書館(NARA)旧館が所蔵するRecord Group全体が未刊行史料を主とし、かつ史料保存の状況が理想的とは言えないので、解読に時間がかかっている。本研究の主たる研究対象であるマシュー・フォンテイン・モーリ自身はある種の記録魔で、残した手稿文書も数多い。が、内容的には海事観測機器や地図の備え付けに関する事務的なやり取りが大部を占め、海そのものへの主観を交えた理解なり理想なりをそこから読み取ることは容易ではない。むしろ、議会図書館(LC)のモーリ家文書に含まれる個人書簡の解読を試みなければ、役職を離れた一人の科学者としてモーリが海に抱いたイマジネーションを析出するのは難しいという印象を得ている。 一方、ProQuest Congressional Recordsに集積されている連邦議会資料を検索した限りでは、19世紀中半とくに1853年までの議事録等公式記録で太平洋が議論された例は相当程度フォローできることが分かってきた。興味深いのは、ペリー艦隊が合衆国帰国後に議会にあげた報告が、上院・下院内の幾つかの組織に対し、添付地図の違いなどの差異を含んでいることである。電子データベース上のデータの大きさが異なることからこの点に最初気付かされたのだが、何故、各部局・各委員会に対し、少しではあるが内容が異なる報告書が逐次挙げられているのかは不明で、当時の合衆国内の太平洋に対する興味の分布を推測する手だてにしたい。
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今後の研究の推進方策 |
要となるマシュー・フォンテイン・モーリおよび海軍天文台関連の史料の読解を続けたい。具体的には、新旧の国立公文書館(NARA I & II)の調査、および議会図書館(LC)所蔵のモーリ家文書の解読をすすめなければならない。ただ闇雲に個人の努力で手稿の解読を進めるのは、しかし、時間と資金の有効な使用にならないかもしれないので、本年は2~3週間の長期出張を首都ワシントンとボストンに試み、史料調査を深める一方、手稿文書解読に関する専門知識の供与を、19世紀アメリカ史を専門とする研究院生などに依頼する。実際に手稿文書を一緒に読む時間を持って、手稿解読力の育成を図りたい。 一方、ProQuest 電子データベースを用いた連邦議会公式議事記録などに見る太平洋の表象について、着実な分析を進めたい。ペリーが当時の合衆国海軍の規模から換算すれば最大級の艦隊を日本遠征に差し向けた事実は他の研究者もとみに指摘する点だが、しかし、米墨戦争やあるいはまた南米遠征にもこの時期、規模の大きな艦艇が遣わされており、各国が太平洋海域への情報収集活動を活発化させていたなか、合衆国が日本遠征をどの程度の事業と見積もって活動を続けていたのか、さらに考えてみたい。 このほか、海図の分析も進める。この点に関しては、日本近代史の対外関係を研究する日本史研究者の間で近年、研究が深まっている。とくに、大阪大学が主導する国立公文書館新館(NARA II)所蔵海図史料を用いた英国海軍と米国海軍の情報交換の歴史研究、あるいは、英国近代史家が進める英国政府が主導した海洋科学研究の制度化の歴史研究などを熟読し、それらの成果を援用しながら合衆国の海洋科学の歴史を学び直すことを考えている。 これらの幾つかの方向から情報を多元的に収集し整理し、19世紀中半合衆国の太平洋像に映し出された合衆国理理解を論文にまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度は、9月に予定していたボストン出張が緊急の公務のため不可能となり、若干の繰越金が生じた。 平成30年度は、今後の推進方策にも記したとおり、夏期から秋にかけてワシントンD.C.およびワシントンに2-3週間の史料調査旅行に出る。そのため、海外渡航旅費が出費の最大項目となる。同時に、手稿史料の解読調査に必要な専門知識の供与を19世紀アメリカ史を専門に学ぶ研究者・院生に求めるため、謝金の額も増える見込みである。このほか二次史料文献の購入、および公文書館所蔵手稿史料のマイクロ資料購入、撮影、プリント等に必要な諸費用を計上している。
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