本研究は1812年戦争を題材にアメリカ史とカナダ史両方の研究のあり方を学ぶとともに、実証研究を通じてそれらを接合し、北米大陸史を構想することをめざした。平成30年度末にこの目的と相性のよい一次資料に関する研究ノートを発表し、令和初年度(平成31年度)も同じ資料について学会報告を行ったが、米加国境地域以外についての調査が必要になり、それが終了しないまま期限を迎えた。 マイケル・スミス『アッパーカナダ植民地地理概観』(計6版、1813年~1816年。第4版以降はタイトル変更)は、戦争前にカナダに移住していたアメリカ人(後期ロイヤリスト)が、アメリカ人にカナダへの移住を促す目的で著した地理書である。19世紀初頭のアッパーカナダをアメリカ人が豊かな在住経験に基づいて体系的に論じた資料は、他には存在しない。 著者スミスは戦争中にアメリカに戻り、生計の糧として同書を各地で繰り返し刊行して、その過程で加筆していった。平成31年4月に加筆の流れを概観する報告を行った結果、特に加筆が多い第4版(タイトルは『北アメリカのイギリス属領地理概観』、1814年)の背景、特に同書の購買を予約して刊行を可能にした、ヴァージニア州のバプティスト社会について掘り下げる必要が判明した。スミスがこの集団を念頭に叙述の方向を変えたと思われるからである。カナダ史の文献収集と読解を中心作業にしていた本研究としては、想定していなかった展開であり、ヴァージニア州の地域史文献と資料を入手するのに時間を取られた。また年度末に予定していた海外資料調査は、コロナウイルス感染拡大のため断念した。 実証研究としては時間切れとなったが、18~19世紀前半のアッパーカナダ史については、研究動向のあり方が見えるところまで知見を深められた。今後も沿海州やケベックに関する文献の収集と読解を進め、総合的な米加国境論を深める予定である。
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