研究課題/領域番号 |
16K03120
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研究機関 | 東洋英和女学院大学 |
研究代表者 |
平体 由美 東洋英和女学院大学, 国際社会学部, 教授 (90275107)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 公衆衛生 / アメリカ合衆国 / 20世紀初頭 / 植民地 |
研究実績の概要 |
本研究は、これまで母子保健と慈善団体の影響に注目が集中してきた20世紀初頭アメリカの公衆衛生について、軍隊と植民地の影響がいかなるものであったかに注目し、調査探求するものである。今年度も、昨年度に引き続き、先行研究の収集と分析を行うとともに、アメリカ議会図書館と国立公文書館において、一次史料の収集を行った。 先行研究のうち、特に注目したのは、植民地フィリピンにおけるマラリア、黄熱病、コレラ対策についての言説である。フィリピンにおける対策は、衛生に関する戸別検査と屎尿処理方法の指導など、地方政府を「支部」として使う中央集権的方法と、個人の生活実践に介入する個別指導方式の両方を組み合わせたものだった。そこではアメリカにとって近代的な生物医学の言説と、伝統的な衛生医学の言説(ミアズマ論)が、状況に応じて使い分けられていた。また、フィリピン人医師の協力を得るための様々な手段と配慮が、現場レベルで模索されていた。 フィリピンで採用されたこの方法は、軍医総監から合衆国公衆衛生・海事病院局、農務省を通してロックフェラー財団国際衛生協会に共有されたことは、アメリカ議会図書館での史料調査によって、明らかにできる見通しが立ちつつある。これはアメリカのラテンアメリカ世界への「国際協力」に影響を及ぼした可能性があると考える。 一方、本国アメリカへの情報の還流という点では、マラリア対策とワクチンの効果測定が重要な位置を占めることが、これまでの研究から示された。フィリピンにおける環境整備を中心としたマラリア対策が、アメリカ南部諸州への助言のための情報として使われている。また、種痘の接種状況と天然痘の発症との関連性が、アメリカの大都市部で展開されていた反種痘運動の影響力に対抗するために強調された。 今年度の研究は、医療に関する植民地と本国との情報還流について、ある程度見通しをつけるものであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、おおむね順調に進展している。昨年度は健康上の理由と、大学の異動にともなう処理により、研究は当初の想定よりもかなり遅れていた。その遅れは、今年度でかなり取り戻したものと考える。 研究実施計画にあるハワイの研究については未着手であるが、むしろフィリピンに関する情報を広く深く入手することができた。陸軍軍医総監年次報告書やフィリピン統治報告書などの公的報告書の分析を行っただけでなく、フィリピン統治の衛生管理を担当した公衆衛生官の個人文書を閲覧し、考察を行うことができた。 さらに、米国公衆衛生・海事病院局が行ったマラリアに関するアメリカ国内の諸実験に、ロックフェラー財団国際衛生協会が協力していたことを裏付ける史料も入手することができた。これは医療に関する情報が、様々な政府機関だけでなく民間団体にも共有され、それらが総合的にアメリカの医療国際協力にも力を与えていたことを示すものである。 また、フィリピンの衛生面での統治から本国に還流された種痘の情報について、どのような形でアメリカ国内の種痘政策に利用されたか、その際に製薬会社とどのようなリエゾンを行ったかを明らかにすることができるところまで到達した。この点については、30年度に学会報告を行うことで、さらに練り上げて行きたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の方針として、これまで獲得してきた知見を整理し、学会報告や研究会報告を通して他の研究者の助言を得て、論文作成の下準備を行う所存である。 2018年5月には社会経済史学会において、アメリカ南部における種痘の推進と反種痘運動に関する発表を行う。これは、種痘推進をはかる州公衆衛生官が、アメリカ軍やフィリピン植民地の情報を活用し、州民の説得にあたったことを、明らかにするものである。これに対し反種痘運動は、イギリスやプロイセンの種痘の現状に関する報告を利用して、反対運動を展開した。天然痘に関する医学的知識が限られている中で、ワクチンを製造する製薬会社を巻き込んで、様々な情報戦が展開されていたことを論じる予定である。 また、マラリア対策については、フィリピンでの経験をもとに、第一次世界大戦時にアメリカ各所に設置された新兵訓練キャンプをどのように運営したかを整理する予定である。兵士と地元住民のマラリア被害を極小化するために、フィリピンでの経験をどのように応用したかを考察する。できればハワイの経験も考察に加えたく、さらに先行研究を読み込んでいきたいと考える。
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