研究課題/領域番号 |
16K03130
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研究機関 | 東洋大学 |
研究代表者 |
鈴木 道也 東洋大学, 文学部, 教授 (50292636)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 歴史叙述 / 中世フランス / 百科全書 / アレクサンドロス大王 / ヴァンサン=ド=ボーヴェ / 政治文化 |
研究実績の概要 |
本年度は、主として二つの研究活動を行った。ひとつは研究史の整理である。中世のフランス地域を対象としてここまで進められてきたいくつかの主要な研究成果を紹介しつつ、その背後にある問題関心、具体的な研究手法の変遷を辿るたどることで、フランス中世史研究の現状を確認し、いわゆる政治文化研究の可能性について考察した。結果として、近年のフランス中世史学界には、ジョルジュ=デュビーのように、ヨーロッパにとどまらず広く世界全体の中世史研究全体に影響力を発揮するような指導的な中世史家は現れていないが、個々の中世史家たちの活動を辿っていくならば、とくにパリ第一大学のスタッフを中心とする共同研究の積み重ねにより、1980年代以降、政治文化の解明を目指して政治史研究に関する膨大な成果が蓄積されてきたことが確認された。この成果は論文『中世の政治文化をめぐって-中世フランス政治史研究の現状-』にまとめ、学内の紀要で公表した。 もうひとつは中世叙述史料の分析である。13世紀後半から14世紀前半のフランス王国、すなわちカペー朝後半期から王朝交代を経てヴァロワ初期に至る時期の王権およびその周辺の人々が思い描いていた統治者像について考察するため、王家から直接依頼を受けて翻訳活動を展開していた聖ヨハネ騎士修道会士ジャン=ド=ヴィネの代表作ともいえる『歴史の鑑』を対象とし、とくにそこに収められたアレクサンドロス大王の物語に焦点をあて、アレクサンドロスの描かれ方、ラテン語から俗語への翻訳のされ方について考察した。ジャンのテキストを読む俗人たちのなかで像を結ぶアレクサンドロスは、古代世界の具体的な現実から切り離され、彼らが生きる社会と親和性の高い、理想的でありながらきわめて中世的な統治者の姿であった。この成果は論文『『歴史の鑑』のなかのアレクサンドロス大王』にまとめた。この論文は現時点では未刊行である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題が目的とするところは、中世後期(13-15世紀)フランス王国における政治文化の解明を通じて、近代国家生成過程における知と権力の関係を問い直すことである。統治観や国家観を表象する種々の言語的・非言語的表象(年代記、百科全書、世界図、写本挿絵など)を分析の対象とし、制作に携わった知的エリートと(王権をはじめとする)諸権力体との往還的関係に着目することで、世俗化していく知と権力の結託あるいは対抗の諸相を明らかにしたいと考えている。今年度は、こうした言語的・非言語的表象のうち、「百科全書」に関する分析を具体的に進めることができた。 また近代国家生成過程における知と権力の関係を対象として展開されてきた近年の研究動向を、「政治文化」をキーワードに広く中世研究全体を視野に入れて整理することで、こうしたテーマを取り上げる際の可能性と課題について検討することができた。
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今後の研究の推進方策 |
引き続きジャン=ド=ヴィネによる『歴史の鑑』翻訳活動について考察を進めたい。ヴァロワ朝の成立を受けてフランス王国における史書編纂事業はどのように変化したのか。カペー朝期ルイ9世治下で成立したラテン語史書『歴史の鑑』が、ヴァロワ朝の廷臣ジャン=ド=ヴィネによってフランス(語)化する過程を詳細に検討し、国家の枠組みが鮮明化し俗語史書が定着するなか、内容を切り取られ役割を減少させていくラテン語史書がそれまで果たしていた役割について、あらためて確認していきたい。また可能であれば、中世フランスの歴史叙述と、ラシード=ウッディーン『歴史集成』の比較検討を行ってみたい。イルハンの宰相ラシード=ウッディーンが第6代イルハンのカザン=ハンの命によって編纂し、14世紀の初めに完成した『歴史 集成』(通称『集史』)は、モンゴルの「民族史」であると同時に、世界の主要民族、国家の歴史や地誌を含む 普遍年代記でもあった。中世フランス王国で作成された俗語「王国史」の分析によって得られた知見をもとに、世界10ヶ国16都市に72点の写本を数えるといわれるこの史書をとりあげ史書の構造を比較検討することで中世ヨーロッパ人の歴史観が有する個性を検討するための手がかりを得ることを目指したい。
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