平成31年度の研究では、北海道の土坑墓と東北北部の土器棺墓のデータを整備し縄文墓制データベースの充実を図った。また、墓制の変化の解釈について人口変動との関係およびシステム論の観点からの検討を行った。 本研究の目的は、北日本の縄文時代墓制における地域的特徴を解明し、その社会的・象徴的意味の再検討を行うことである。墓制の地域性分析では、統計解析とGIS(地理情報システム)分析を組み合わせた定量的分析方法を新たに開発し、主要河川水系単位に近い地域空間別に墓制の地域性を抽出できた。 墓制の変化の社会的・象徴的意味を探る研究では、縄文時代の人口推計に関する新手法の開発に成功するという大きな成果を得た。これにより、人口増加が墓制の変化の原因の一つである可能性を具体的根拠とともに提示することができた。縄文前期後葉(約5700 calBP)の土器棺墓の大幅な増加、後期前葉(約4000 calBP)の環状列石の構築や、晩期中葉(約3000 calBP)の数百基の土坑墓からなる大規模墓地の出現は、人口増加がみられる地域で生じていたことが明らかになった。 墓制の社会的・象徴的意味の解釈については、人口増加と墓制の変化が連動する事例が複数発見できたことから、人口増加期の社会に特有の事情を考慮に入れる必要性がある。その一つが、複雑化する人間関係である。これは対立を生む原因にもなり、社会の不安定化要因である。それはシステム論でいうゆらぎであり、当時の社会は弱いカオスを抱えていたかもしれない。こうした「カオスの縁」では自発的に組織や秩序が生み出されることがある。縄文時代の環状列石や大規模墓地でみられる赤色顔料、石製玉類の副葬の格差は、社会の自己組織化現象とみることが可能であろう。さらに、環状列石など創発された場(空間)は、成員間のコミュニケーションを促進し連帯感を高める効果をもたらしたかもしれない。
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