本研究は極西部ネパールからインド、ウッタラーカンド州のヒマラヤ地域に住み、自言語による集団範疇「ラン」を共有する人々に焦点をあて、広義の「民族」を巡る複数の問題系を一つの民族誌的状況の中で統合的に検討することを目指すものである。一年の延長により最終年度となった本年度は、2019年7~8月にネパールのカトマンドゥ盆地、同年9月にアメリカ、ボストン近郊において、それぞれ当地在住のランに対する調査を行うと共に、英語、ネパール語の文献の収集、集団範疇に関する理論的な検討、新憲法下のネパールにおける地方分権化の人々への影響に関する分析も引き続き進めた。 なお、当初計画されていたインド及び極西部ネパールでの調査については、道路状況、同地における国境問題の再燃等の不可避的な事情により行うことが出来なかったが、インタビュー、及び電子メディアを通じた情報収集により、その影響を最小限とすることが出来た。 4年間にわたる研究により、ほぼ 2 世紀にわたり国境によって分断されてきた「ラン」の人々が、グローバルに流通する概念の影響、国家政策の変遷、さらには多くの成員の国内外各地への移住とコミュニケーションの増大といった現代的状況の中で、各々の生活世界との関係において、いかに、そしてどのような文脈で「ラン」として、或いは他の集団範疇の一員として生きるのかを、より抽象度の高い集団範疇に関する議論との関係において、解明することが出来た。20世紀半ばから21世紀に至る、国境によって分断された「民族」の動態の具体的な解明は、民族論、集団範疇論、国民国家論、グローバル化論等が交錯する現代的状況の解明のための、一つの重要な民族誌的手掛かりを呈示するものと考える。 本研究の具体的な成果は、まず現在査読中の複数の英語および日本語の論文において、また最終的には、現在執筆中の英文単著において、発表される予定である。
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