本報告では、インドの「伝統的」モノづくり技術における「半暗黙知」としての知識が、どのように体得されるのかについて検討し、身体化された「知」とつくり手の認識との関わりについて明らかにすることを目的とする。調査対象は、南インド、アーンドラ・プラデーシュ州産の手描き模様染色布であるカラムカリが製作される2地域3工房で、一つは「伝統的」カラムカリの製作地として有名なシュリ・カーラハスティ(S地域)の工房1と工房2、他方はHIV保持者支援施設があるK地域の工房3である。 工房1、工房2における「伝統的」技術では、弟子は師の描いた手本を観察しながら模倣の反復による技術の身体化を図ってきた。模倣には新しい工夫が加えられ、それは創造性という矜持としてつくり手の意識を高めてきた。しかし、政府の経済的支援を大きな転換期として実用布の製作が進み、高い技術を必要とする布の需要激減に従い模倣訓練の必要もなくなった。知識の伝承は「情報」の伝達となり、向上する意識が育たたず技術も下降し、製作者が作る道具も簡易化されるようになった。 一方、工房3では、近代的美術教育を受けたフランス人が指導にあたり、論理的な説明も交えて技術を女性たちに伝えている。模倣訓練というより「教育」や意識改革に近く、教える側から人材育成に積極的に臨むことにより、道具の重要性も含め女性たちの認識を変えてきた。特に、リーダー格であった女性が病で倒れたことにより、2番手3番手だった女性たちの意識が高まり、結果的に一部の弟子の技術が飛躍的に向上する結果になっている。 本研究の実施によって、モノづくり技術を「訓練」と「教育」の両面から考察し、「半暗黙知」が如何に道具に影響されながら習得(身体化)されるかについて考察できた。また、技術の身体化に製作者意識が関わることで、製作されるモノにどのように反映されるかについて検討することが可能となった。
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