本研究は、アラスカ先住民村落における伝統ダンスグループの分裂と再編の歴史過程を再構成することを通して、「伝達者」中心で語られがちであった文化伝承という実践を「継承者」の自律性、能動性に注目しつつ民族誌学的に検討することを目的としている。本年度は①アラスカ州都市部およびアラスカ州非都市部に位置するアラスカ先住民村落を現場に引き続き実態調査を実施し、ダンスという文化の伝承に関する古老と若者の知見についての質的資料の収集、②これまで収集してきた民族誌的資料の分析を通した文化伝承過程の検討、を実施した。以下の作業に基づく成果は以下の通りである。 実態調査を通して、アラスカ先住民村落におけるダンス実践の現状、若者のダンス実践に対する意識、古老の若者のダンスに対する評価に関する民族誌的資料をさらに蓄積することができた。この調査を通して、①若者のイニシアチブにより組織化されたダンスグループは引き続き存続しているものの、その活動規模の縮小が見て取れ、また以前とは異なる社会的評価を受けていること、②村の伝統文化教育を経験した若者の中から、伝統ダンスの指導者としての役割を担い、活躍する若者が現れ始めていること、③若者の文化伝承活動を好意的に評価しない古老の存在もあり、若者と古老との間に競合関係が潜在的にありうること、を示す資料を収集することができた。 研究活動を通して、アラスカ先住民ユピックの文化伝承に関して以下の点が指摘できる。文化伝承における古老と若者との関係は「教える=学ぶ」だけではなく「承認する=創造する」といった関係性がみられる。そして後者の場合、古老は若者たちの創造性に富む活動を称賛することでその実践を後押しする、若者たちが固有のスタイルを確立したこと自体は承認するものの、自らのスタイルとは相容れないものとして積極的に協力しない、といった具体的な反応があることが明らかになった。
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