研究課題/領域番号 |
16K03230
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研究機関 | 国際基督教大学 |
研究代表者 |
加藤 恵津子 国際基督教大学, 教養学部, 教授 (10348873)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 英語圏アジア / 若者 / 移動 / 仕事=自分探し / 方法としてのアジア / 英語圏西洋 / アジア太平洋 |
研究実績の概要 |
本研究では「アジア」を所与のものとせず、地理的に輪郭のあいまいなこの地域が、同じようにあいまいな「西洋」との対比で、どのようなものとして海外志向の日本の若者の語りの中に登場し、かつ彼/女らの自己観、人生観、仕事観、世界観を変えるかを、シンガポールという「英語圏アジア」―「西洋」と「アジア」の中間地点―をフィールドに考察する。 2017年度には、夏、春(2018年3月)と二回の現地調査を行い、初年度からの累計で35名のインタビューデータを得た。主なインタビュー対象者は、就労ビザで、単身でシンガポールに入国し、一年以上在星している20~40代の日本国籍者(駐在員は除く)、特に英語圏西洋での滞在経験者である。このため、英語圏西洋での「仕事=自分探し」と、英語圏アジアでのそれとの比較考察の語りを収集できている。また、西洋での生活の行き詰まりや挫折から、アジアへ移動するという日本の若者のグローバルな移動パターンが、仮説通り浮かび上がっている。さらに現地の日本人向け人材会社、臨床心理士などと意見交換し、一時滞在者を取り巻く環境を多角的に分析している。 シンガポール国立大学日本研究学科とも交流している。2017年7月には同学科タン・レンレン教授の授業に、ゲスト講師・兼インタビュアーとして参加、シンガポール人学生たちに人生、仕事、「アジア」についての質問に答えてもらい、日本人インタビュイーの答えと比較して貴重な視点を得られた。またシンガポール人の「アジア」観を調べるべく、政府認定の中学校教科書(歴史、社会科、公民)を分析している。 研究成果は、2017年10月の東アジア人類学会(於:香港)、11月の北海道大学 Modern Japanese Studies Programセミナーでのゲスト講演、2月の国際基督教大学ジェンダー研究センター主催ワークショップで、日英語で発表している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
インタビュイー総計50名という目標に向けて、あと15名というところまで来ている。できれば2018年夏の現地調査で達成したい。 これまでの調査から見えてきた最も興味深い点は、「アジア」および英語圏西洋に対する、若者たちの評価のゆらぎである。1)インタビュイーには、中国語圏(中国、香港、台湾など)での就労を経験した者も3割ほどいる。日本の若者は英語圏西洋のみを志向しているわけではない。2)次善の策としてシンガポールに来たインタビュイーでも、東南アジアに身を置くことにより、アジア観に大きな変化が起きている。「日本がアジアのトップないし中心」という考えは崩れ、アジア市場の独自性や、シンガポールとの対比での日本の後進性を発見している。3)多民族的だが差別を感じさせないシンガポールでの生活を通して、かつて英語圏西洋(特にアメリカ合衆国)で自分が経験した困難を、「アジア人差別」として自省的に発見している。 同時に、4)「英語圏だからシンガポールに来た」「他のアジア諸国は生活レベルが低いから行きたくない」「中国人は苦手」「いつかはアメリカで働きたい」といった発言によって、英語圏西洋への志向を示す者は珍しくない。またシンガポールの永住権を求める(または保持する)人は、結婚や脱サラといった契機を持つ人を除いてごく少数派である。このように、①英語圏西洋(特にアメリカ合衆国)、②日本、③日本以外の「アジア」、という階層的な世界観は、若者の間に根強くあると言える。 まとめるならば、日本出身の若者にとっての「英語圏アジア」は、英語圏西洋で傷ついた「日本人」の自己を「アジア人」という枠組みで立て直し、「アジア人」としての自己を発見させ、「西洋」(特にアメリカ合衆国)か日本か、という二項対立的世界観からの脱却を促し、かつアジアの中の日本を相対化・周縁化させる役割を持つと言える。
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今後の研究の推進方策 |
1)理論的な深化をめざす。竹内好(1961)「方法としてのアジア」およびそれを再解釈・再利用する国内外の論考を参照しつつ、本研究もまた、竹内の議論を21世紀的・ポストモダン的な新たな形で活用したい。 2)調査地を拡張する。シンガポールから他の(東南)アジアへと移動した人々へのインタビューを行い、シンガポールという地が、日本への帰国以外の移動に向けて、若者にとってどのような意味での踏み石となりうるのか、具体的なデータを得たい。現時点で、インタビュイーを数名確保できる見込みがある。 3)比較考察を進める。カナダ・バンクーバーでの若い日本人一時滞在者への調査(2001~2014)、オーストラリア・シドニーでの同様の調査(2012~2015)の結果との比較考察を行い、「アジア太平洋」という大きなくくりの中で、日本の若者の移動と、その自己観、人生観、仕事観、世界観の変化を包括的に分析したい。 4)研究成果を日英語で、随時発表する。多様な聴衆・読者からのフィードバックを得て、考察を深化させたい。近くは、2018年6月の日本文化人類学会(於:青森)、7月のオーストラリア・アジア学会(於:シドニー)での多国籍研究者によるシンポジウムでも発表予定。シンポジウムの内容は、論文として出版すべく、Journal of Ethnic and Migration Studiesの特集号の企画募集に応募する予定である。最終的には、日英語で単行本として出版したい(英語での出版に関しては、Routledge Curzonからすでに打診を受けている)。執筆までを含めると、研究期間を2019年度まで延長することになるだろう。 これまで、まず英語で発表し、それから日本語訳をすることが多かった。日本語で思考していてはできない発想が、英語において可能だからである。今後も基本的にこのスタイルに従うことになるだろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度(2016年)夏に入院・手術をしたため、この時期に予定していた海外現地調査を行えなかった。またその後の回復期に、長時間移動が必要な海外学会(ヨーロッパ、南米)への参加を控えた。このため現時点で、予定よりも支出金額が低くなっている。残りの予算は、今後の現地調査、学会参加などにおいて使用する予定である。
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