研究課題/領域番号 |
16K03232
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研究機関 | 成城大学 |
研究代表者 |
俵木 悟 成城大学, 文芸学部, 准教授 (30356274)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 民俗学 / 民俗芸能 / 創造性 / アート / 神楽 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、民俗芸能の創造性に関する一般理論研究に関しては、アメリカ民俗学における民俗文化の創造性に関する理論研究の成果を博捜し整理することを行った。とくに学術誌Journal of American Folklore, Journal of Folklore Research, Western Folklore等、主要な民俗学関連の学術誌の1970年代以降のバックナンバーの大半に目を通し、関連する論文を入手した。またアメリカ民俗学会の年次大会(2016年10月、フロリダ州マイアミ)に参加し、最新の研究動向について見聞し、共同的創造のプロセスに関する研究が同学会でも関心を集め始めていることが確認できた。なお平成29年1月20日に開催された早稲田文化人類学会のシンポジウム「『アート』─社会実践と文化政策」にコメンテーターとして参加し、この理論研究の成果の一部を紹介した。 民俗芸能の創造過程に関する実証的調査研究に関しては、予定通り岡山県の備中神楽を中心とした実地調査を行った。鳥取県や広島県との神楽の交流関係を調査したほか、従来は調査の手が及んでいなかった岡山県笠岡諸島の北木島における荒神神楽の現地調査を行い、吉備高原の山間地とは異なる独特の行事をもつことなどが確認できた。また、若い神楽太夫たちのあいだで、古い神楽の演技や演出を掘り起こし、社中を越えたグループで上演する活動が行われてることを知った。これは本研究課題の内容に直接つながる活動であり、今後より詳細な調査を行う必要がある。 なお本研究課題に関連する成果として、2017年3月に『国立歴史民俗博物館研究報告』に民俗芸能の審美的評価に関して考察した論考が刊行された。同稿じたいは本研究課題以前の調査にもとづくものであるが、そこで得られた知見をもとに本研究課題が構想されたという点で重要な成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年5月~10月にインディアナ大学に訪問研究員として滞在する機会を得たことで、アメリカ民俗学における民俗文化の創造的側面に関する理論的研究のレビュー作業は、当初の想定以上にはかどった。同大学図書館ではアメリカ民俗学会と協力してOpen Folkloreという民俗学の成果に関するオンラインアーカイブを構築しており、アメリカのみならず世界各国の民俗学の成果にアクセスできる環境が整えられていた。主要な学術誌は、本研究の主たる対象となる1960年代以降の成果に関してほとんど全てが電子化されており、複写等の時間が当初の想定より大幅に短縮できたこともあり、民俗芸能の創造性に関する一般理論研究に関する文献資料の収集は計画以上の進捗だったと言える。 民俗芸能の創造過程に関する実証的調査研究に関しては、備中神楽の伝承地にあたるほぼ全ての自治体の市町村史や地誌・民俗調査報告書等を再点検し、地域ごとの神楽の特徴などを整理した上で、とくに神楽の伝承地域の周縁部である北部の新見市や、南部の笠岡市などの神楽に関する実地調査を行った。離島での荒神神楽の貴重な上演機会を調査できたことなどにより、ほぼ当初の予定通り進められたと考えているが、5月に行われた33年ぶりの旧成羽町古町の荒神神楽が、渡米期間との関係で調査できなかったこと、また11~12月の週末に各地の神楽上演の機会が集中したことで、日程の都合上いくつか調査の実施を諦めざるを得ないものがあった。平成29年度には、とくに備中北部地域における神楽の活動について補充調査を行う予定である。 総じて本研究課題はおおむね当初の計画通りに進んでいると言える。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度には、前年度に収集したアメリカ民俗学における理論研究を読み込み、本研究課題に応用することを念頭に、とくに共同的創造に関する理論の展開を研究ノートにまとめて発表したいと考えている。また前年度に参加したアメリカ民俗学界の年次大会において、共同的創造に関する研究はアメリカのみならず、ヨーロッパ(とくにドイツ・北欧)においても注目されていることがわかったので、今後はヨーロッパにおける民俗学の理論研究についても視野に入れて調査を行うことを考えている。 民俗芸能の創造過程に関する実証的調査研究に関しては、まず前年度に一部調査の手が回らなかった備中神楽の活動実態に関する調査を引き続き行う。とくに備中北部地域における神楽の活動について、一般的には伝承地の周縁部に当たるが、それゆえ典型的な神楽の上演形態とは違う特徴をもっており、また他地域の神楽との交流・混淆が強く見られる点に注目する。また若い神楽太夫たちによる復活上演の活動は、今後詳細な調査を行う予定である。とくにこの活動において、社中を越えた情報共有にSNSなどが大きな役割を果たしていることが分かったので、そうしたメディアの影響についても調査を進める。 さらに備中神楽とはタイプの異なる事例として鹿児島県いちき串木野市大里七夕踊りの事例の実地調査を行う。大里七夕踊りに見られる審美性については平成29年3月刊行の論文において考察したが、近年、そこで論じた青年団間の競合による踊りの評価は、青年団員数の絶対的減少により成立しなくなってきており、踊りのあり方やその評価に関して積極的に改革が進められている。そうした新しい取り組みがもたらす踊りの変容と創造について調査を進める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
「その他」で計上していた金額の大半は、民俗文化の創造性に関する資料・文献調査による理論研究にかかる文献複写代であったが、とくにアメリカ民俗学の成果に関して、学術誌のほとんどが電子化されており複写する必要がなかったため。また予定していた神楽の実地調査のうち、開催日が他の調査日程と重なったため実施できなかったものがあったため。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度中に、備中神楽に関する補充調査を1回実施する。
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