研究課題/領域番号 |
16K03239
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研究機関 | 相模女子大学 |
研究代表者 |
浮ヶ谷 幸代 相模女子大学, 人間社会学部, 教授 (40550835)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 地域ケア / 精神医療 / カフェデモンク / 宗教 / 精神障がい者 / 多世代共生 / 居場所 / エイジング・イン・プレイス |
研究実績の概要 |
初年度の研究実績は二つある。一つは、精神医療の診療所スタッフと宗教者とが主催する<カフェデモンクえりも>の実情とその変化について調査し、地域ケアの創出の一端について、日本文化人類学会研究大会で個人発表したことである。二つ目は、上記の活動の付随的な調査となるが、「エイジング・イン・プレイス:住み慣れた場所でいつまでも」と題したえりも町でのシリーズ勉強会を企画し、参加したことである。 <カフェデモンクえりも>は、2015年8月以降、20人前後の参加者を常に集めて活動を継続している。宗教者(仏教とキリスト教)の協力のもと、町民、行政保健師や医師、看護師、ソーシャルワーカー、精神障がいの当事者やピアサポーター、ボランティア、地域おこし協力隊など、多種多様な人々が参加し、参加者にとっての居場所となっている。活動の特徴は、精神障がい当事者が司会進行するなど、中心的な役割を担っていることである。浦河町当事者の参加がえりも町当事者の参加を促している。10年間ひきこもっていたえりも町当事者が言葉を発するようになり、今では診療所のデイケアの活動に参加するまでになっている。当事者主体の活動は、国内の他地域での<カフェデモンク>の活動とは大きく異なる点である。また、宗教者自身が家族の悩みを吐露する場ともなっている。参加者への聞き取り調査から、プログラムがないことが、場の意外性や柔軟性、不確実性を生み出していることが指摘され、これらの要素が参加の動機づけになっていることがわかった。 シリーズ勉強会は3回開催された。これは<カフェデモンクえりも>と行政とが共催し、「住み慣れた場所でいつまでも」をテーマに、えりも町民が「最期の迎え方」を「自分ごと」として捉えるための勉強会である。研究者(浮ヶ谷)は勉強会の企画段階から加わり、講師やシンポジウムの座長を務めてきた。今後も勉強会を継続していく予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は、<カフェデモンクえりも>の活動に焦点を当て、精神医療と宗教の連携による地域ケアの創出の実態とその変化について調査することであった。初年度は月一回開催される<カフェデモンクえりも>に4回参加し、参加者へのインタビュー調査を通して、上記のような知見を得ることができた。 ところが、当初の研究計画の範囲を超えて、新たな調査を2つ展開している。一つ目は、<カフェデモンクえりも>の活動が高齢者のための地域ケアの創出に結びつくことから、研究者がえりも町民を対象としたシリーズ勉強会の企画・開催に加わったことである。浦河町の診療所スタッフとえりも町の行政保健師は、高齢者を対象とした小規模多機能ホームをえりも町に開設することを目指している。そのための基盤づくりとしてシリーズ勉強会を開催し、「最期の迎え方」についての世論形成に取り組むことを提案し、実践した。「仕掛け人」としての研究者は人類学的貢献の可能性を示す例となりえると考えている。2018年にはえりも町に小規模多機能ホームが実現する予定であり、今後も調査を続行する予定である。 2つ目は、障がい者アートを通して地域ケアを創出する可能性を視野に入れることになったことである。診療所は、障がい者アートのネットワーク「北海道アールブリュット協議会」に参加し、日高圏域にある障がい者施設のネットワークづくりを目指している。診療所のナイトケアに「音楽の時間」というプログラムがあり、ここでの活動が札幌国際芸術祭で入賞したことをきっかけに、「音楽の時間」を調査対象とすることとした。2017年2月「音楽の時間」でのパフォーマンスをアートとして捉えた上で、その研究成果を京都大学で開催された医療人類学シンポジウムにて発表した。 「当初の計画以上に進展している」という自己評価の理由は、こうした二つの新たな課題に取り組むことになったからである。
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今後の研究の推進方策 |
今後、取り組む課題は4つある。第1に、当初の目的、精神医療と宗教との連携による地域ケアの創出というテーマに取り組むために、<カフェデモンクえりも>の活動の調査研究を継続することである。第2に、初年度から新たに展開している、えりも町でのシリーズ勉強会について継続して調査研究することである。今後も、勉強会で高齢者の地域ケアの創出の基盤となる「住み慣れた場所でいつまでも」というテーマの世論形成に取り組むことになっている。第3は、表現活動としてのアートに焦点を当て調査を継続することである。札幌国際芸術祭のイベントが8月から9月にかけて札幌市で開催されることから、「音楽の時間」のメンバーとともに札幌での参加・調査を中心に行うことになる。また、シンポジウムでの発表内容を論文にしオンラインジャーナル『コンタクトゾーン』(京都大学)に寄稿する予定である。第4に、さらなる展開として、えりも町の子どものための地域ケアの創出にかかわる調査を行うことになった。そのための基礎資料として、えりも町立中学生と高校生の自尊感情に関する実態調査を行う予定である。2016年2月から診療所のソーシャルワーカー高田氏(本研究の研究協力者)がひきこもりや不登校の中高生の問題にカウンセラーとして出向している。そこで、中高生の自尊感情の引き上げに意欲的である中学校長と高田氏と研究者の三者が協力し、2017年9月頃中高生対象にアンケート調査を実施する予定である。 これら4つの課題に多面的に取り組むことにより、地域が多世代共生のためのケアをいかに創出ができるかという、より広範な課題が見えてきた。このような課題に挑戦する本研究は、他の地域で実践されている「地域まるごとケア」(滋賀県)もしくは「多世代ごちゃまぜケア」(石川県)等と比較検討することにより、日本社会での地域ケア創出の一つのモデルを提示できると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度は、10月から3月まで相模女子大学のサバティカル(研究専念期間)を利用した長期間のフィールドワークが中心の調査だった。そこで、8月から10月までの68日間の調査期間において、浦河町での滞在場所がホテルではなく、浦河町体験住宅を借用することで当初予算の宿泊費に関して大幅に減少したために残額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
2年目は、夏季休暇と冬季休暇、春季休暇を利用して、浦河町とえりも町の短期のフィールド調査を当初の計画より頻回に行う予定であり、そのための宿泊費と交通費に使用する予定である。
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