本研究は、日本人ムスリムの若者たちを対象とした聞き取り調査をもとに、トランスナショナルな生活実践とアイデンティティ形成のありかたを明らかにしたうえで、それが日本社会の多文化化プロセスといかに相互に作用するのかを考察することを目的とする。 2019度は研究の最終年度に当たり、これまで収集した聞き取りや文献調査のデータをもとに調査結果をまとめる作業に注力した。前年度までに国内外で行った口頭発表で受けたコメントなども参考にしながら、ムスリムの対象者35名の聞き取りデータのさらなる分析を進めた。対象者は、全員が日本人を母にパキスタン人を父にもつ10代後半から20代後半の年齢層であり、男性は12名、女性は23名である。 2018年度までの成果で、調査対象者たちのトランスナショナルな生活実践とアイデンティティや帰属感に、①世代間の階層移動(親世代のトランスナショナルな教育戦略)や、②社会的な包摂と排除、③宗教的文化的なジェンダー規範などの複合的な要因が介在していることが明らかになった。2019年度はさらに、グローバルな社会経済的変容や当事者の社会経済的な地位だけでなく、対象者らが家族に抱く感情や、居住地域や国家への愛着や疎外感などが、トランスナショナルな家族やアイデンティティの(再)形成プロセスに作用していることが明らかとなった。くわえて、そうした複雑なプロセスの結果として、若者たちはイスラームを親世代から継承するだけでなく、多様なやり方でムスリムとしての自己意識や実践を再創出つつある。現在、これらの成果をまとめ、日本語および英語で発表する作業を進めている。
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