研究課題/領域番号 |
16K03250
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
水野 浩二 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (80399782)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 民事訴訟 / 釈明権 / 証拠調べ / 職権 / 当事者 / 日本 / 明治 / 大正 |
研究実績の概要 |
本年度は、明治民訴法期の〈口頭での職権介入〉に関する実務法曹の問題意識を示す史料として、釈明権と証拠調を中心とする『法律新聞』記事の分析を行った。 当時の『法律新聞』には当事者主義に対する批判が強く見られた。釈明権の行使については積極化を求める声が支配的であり、背景として資質に問題のある弁護士が一定数存在したことなどを明らかにした。証拠調についてもやはり職権の積極的介入を求める声が支配的であり、背景として種々のテクニカルな理由ゆえに裁判所の判断が「真相を得た」ものになっていないと認識されていたこと、他方で職権介入の「場」としての口頭審理についての認識は表面的なものにとどまっていたこと、などが判明した。他方、現実の裁判官はこうした高い期待に応えられる存在では必ずしもなかったこと、そのことが時にスーパーマン的な「名判官」への期待につながることはあっても、全体として実務法曹は手続の具体的レベルでの改善策の提言に関心を向けていたことなどを論じた。 これらの諸問題は、あまりに急速に継受された西洋近代法と日本社会のあいだの葛藤というべきものであり、その解決はしばしば裁判官に期待され(ざるを得なかっ)たのである。実務法曹の主張は一定程度大正改正法に反映されたが、改正関係者の認識との間には少なからずズレがみられ、大正改正法が所期の目標を必ずしも達成できなかった一因になったと思われる。以上の内容について、学会報告を行い、紀要論文として公表した。 次いで判例・学説について検討を始め、実務法曹にそれらがいかなるかたちで伝播し認識されていたのかを明らかにするべく、従来研究対象とされてこなかった訴訟手続マニュアルや判例集・書式集など「実務向け文献」を史料にすることとした。基礎作業として、いかなる文献が存在するのかについての調査を、法務図書館や各大学図書館にて実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
近代法継受が一応完了した以降の時期の民事訴訟について、法史学においては従来ほとんど研究がなかった。今年度の検討により、「職権と当事者の関係」という民事訴訟手続の根本的なテーマを軸として、当時の状況につき全体的な見取り図を描き出すことができたと考えている。研究成果のアウトラインは斯学の代表的学会において報告され、かつ合計160ページの論文として公表に至っており、今後の議論の出発点を学界に提示しえたと思う。 今年度検討対象とした内容は、民事訴訟法学においては審理過程論とよばれる。審理過程論は「実務の領域」とみなされていたこともあり、研究がなお比較的手薄な領域である。今回の検討により、時代背景に少なからず相違があるとはいえ、手続のテクニカルな要素やいわゆる「日本的法意識」など、通時的に妥当しうる論点を多数提示することができた。法史学にとどまらず、民訴法学や法社会学など、学際的な議論の進展にも寄与できるのではないかと考える。 以上、研究計画に28年度分として挙げた内容のうち、以下述べるように判例・学説についての検討は若干見直しの必要が生じたとはいえ、研究目的はほぼ達成できたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
28年度に着手した、明治民訴法期における判例・学説の検討を継続する。史料とする「実務向け文献」の状況はすでにある程度明らかにできており、判例集、民事訴訟の解説書、書式集、素人向け文献、法曹会決議・司法省回答などに分類される。検討の順序としては文献類型ごとの特徴を明らかにしたうえで、釈明権・証拠調というテーマに即し内容の検討をおこなうことになろう。法文のパラフレーズに等しい教科書の叙述にもっぱら依拠して、「当事者主義が受容されていた」という評価に終始する先行研究とは異なる視点を導き出したい。 ついで、19世紀半ば~1920年代ドイツにおける状況を、日本との法伝統の相違に注目しながら解明したい。まず、法曹雑誌・法律家大会記録を史料とし、実務法曹の問題意識を内部の偏差の有無に注意しつつ検討する。その結果を受けて、同時期ドイツの立法・判例・学説を批判的に再検討する。これらの検討のためにドイツに出張し、必要な史料(日本でアクセスしがたい法曹雑誌など)を調査・収集するとともに、在欧研究者との意見交換を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では今年度前半に『法律新聞』記事の分析を終え、後半は判例・学説の検討に移行する予定であった。しかし記事が大量だったためその分析・公表に予想以上に時間がかかり、判例・学説の本格的な検討の開始がやや遅れた。また、判例・学説について準備的な検討を行った結果、当初はその「内容」に注目することを想定していたが、むしろ実務法曹にそれらがどのように伝播しどう認識されていたのかという「態様」こそが重要であるという認識を得、いわゆる「実務向け文献」を主たる史料にすることに変更した。 以上の理由により、準備的な検討を十分に行ったうえで他大学・機関所蔵の史料を集中的に調査・収集した方が効率的であると考え、251,636円を次年度使用分として残すこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
この予算は、所属機関に所蔵のない「実務向け文献」について、国内他大学・機関における調査と収集のための出張旅費と、資料・文献の複写費等として使用したい。
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