今年度まで研究期間を1年延長し、「争点整理と事実認定における、職権と当事者の役割分担」に着眼して、明治民事訴訟法期の「実務向け文献」(手続の手引きや書式集、素人向け解説書など)の検討を継続し、紀要論文として公表した(関連業績1件も今年度に刊行)。 「実務向け文献」は難解な条文や学説を平易に言い換え、実際の使用に合うかたちに再構成し、法典や教科書からは具体的にイメージしにくい内容を広範に補うものであった。法典や学説は十分に理解できずとも、具体的局面でのパターン化されたテクニックの効果は承知して「そこそこ安全に」法を利用可能にするために、「実務向け文献」は大きな役割を担ったメディアと評価できる。「実務向け文献」の叙述は法典や教科書とは力点の置き方がしばしば異なっていた。書証となるべき書面作成の重視は、証拠方法の優劣を論じない法典や教科書と対照的である。口頭主義についても一方で準備書面の濫用的な戦術的提出、他方で準備書面の適切な提出による口頭弁論の適切な準備への志向がみられ、手続進行をめぐるアクター間の利害の衝突を如実に反映していたのである。「実務向け文献」によるパターン化されたテクニックの普及の程度は、当事者に対する裁判官の介入のあり方にも大きく影響しうるファクターであったといえよう。 今年度後半は、旧課題「当事者のために介入する裁判官の歴史的系譜」以来続けてきた、近代日本の民事訴訟法史の研究成果をまとめ、書籍として刊行する作業に注力した。母法たる近代ドイツ民訴法についての史料の分析により日独比較法史の要素も盛り込み、今日のわが民事訴訟にまで続く諸問題の歴史的淵源を示したいと考えている。所属研究機関からの出版助成も決定し、令和3年度末までの刊行に向けて作業を続ける。
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