研究課題/領域番号 |
16K03258
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
柳橋 博之 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (70220192)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | イスラーム法 / 預言者伝承 / ハディース / 伝達履歴 |
研究実績の概要 |
29年度は、研究の目的のうち、預言者伝承と法学説の発展の関係についての考察を進めた。すなわち、一般にはイスラーム法の主要な資料は法学書であり、そこに記載された学説の論拠として預言者伝承は用いられるものの、預言者伝承はあくまで学説を補完するものであり、それ自体が自律的な発展を遂げたとは通常解されていない。しかし、28年度より、幾つかの主題(礼拝用の水、旅行中の斎戒、巡礼の妨害、婚姻後見、利息の禁止規定、ムスリムと異教徒との関係、証拠法)に関わる学説と預言者伝承を詳細に比較検討することにより、預言者伝承の口伝の主たる担い手である伝承家が、預言者伝承の書き換えを通してイスラーム法学の発展に積極的な寄与を行ったという確信を得るに至った。 そこで29年度は、預言者伝承の内容のみならず、その口伝の履歴に現れる伝承家の活動地域や没年を網羅的に調べ上げ、預言者伝承の発生、書き換えの過程を時系列に従って整理した。その結果、次のような結論を得た。第一に、一般に預言者伝承は、法学者ではなく、伝承家と一般には呼ばれている人々の間で発展した学説に従って、9世紀の初めころまでは何度も書き換えられた。第二に、預言者伝承はその伝達の履歴を付しているが、この履歴は、最初から現在伝えられている形をとっていたのではなく、平均すると2世代後の伝承家が、当該の預言者伝承の口伝に関わった複数の口伝者のなかから、死後の評価や弟子との年齢差を勘案して選択することにより完成した。 以上の成果の一部は、11月にイギリスで開催されたシンポジウムで発表した。そして、その成果を英文で単行本として刊行するために、8月に校閲を経て原稿の一部を作成し、オランダの東洋学専門の出版社にこれを送付した。同出版社からは完全原稿の送付を求められ、30年1月中旬に完全原稿を送り、現在その回答を待っているところである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当初の予定では、シャーフィイー法学と預言者伝承の関係についての研究に一区切りをつけて、本研究課題の一方の柱であるシャーフィイー派法学の東アフリカへの伝播の研究に着手していなければならなかった。しかし、預言者伝承と、シャーフィイー派を含むイスラーム法学の関係について、従来の通説に反して、伝承家の寄与が遥かに大きいという無視することのできない結論に達したため、予定を大幅に変更して、預言者伝承とイスラーム法学の生成と発展についての研究に本格的に取り組むことになった。しかもこれを単行本(見込みでは約500ページになる)の形で公表することにしたため、原稿の作成に膨大な時間を要し、本年度予定していた、シャーフィイー派の東アフリカへの伝播に関してはまったくといってよいほど着手する余裕がなかった。このために、研究はかなり遅延している。
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今後の研究の推進方策 |
現在出版社で査読中の原稿が出版されるか否かにかかわらず、何らかの形でこれを公表する必要がある。そのため、今年度は、公表のための原稿の仕上げに時間をとられることが予想される。シャーフィイー派法学の研究、さらにその先にあるその東アフリカへの伝播の考察については、年度の半ばを過ぎてようやく着手することができると考えている。その場合には、現時点で入手している法学資料を読み込むことが本年度の主たる作業になる見込みである。
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次年度使用額が生じた理由 |
預言者伝承とイスラーム法学の関係に関して研究が予想外に大きなものになり、英文による単行本の出版を計画するに至り、その校閲費(90万円)の一部を次年度の予定額より前倒しで使用した。すでに校閲と支出が終わっている。
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