今年度は大法官府裁判所の判例の検討ではなく、コモン・ローとエクイティ、法の支配と王権の関係などイングランド法の基本概念から改めて検討し、一部、原稿化の作業に従事していたため、判例そのものの分析よりは、法システム全体の動きとその背後にある政治、経済、社会的な事情の調査・分析が中心となった。慣習、すなわち人々の行動がルールのありようを変えていく実態、すなわち歴史的事実について今まで以上に解明が進んだ。 研究全体を振り返ると、まずエクイティが大法官府裁判所の裁判権になっていく過程を理念的な側面から明らかにした。セント・ジャーマンと匿名の上級法廷弁護士の論争に焦点をあてて、イングランド法における大法官府裁判所の役割、コモン・ローに対するエクイティの位置づけなどを整理する論文を公表した。その後、大法官府裁判所の実態に迫るべくユース関連の事例の調査・検討を進めている際に、元々、大法官府裁判所が対処していたユース関連の事件が次第にコモン・ロー裁判所で対処されていく状況を目の当たりにし、コモン・ロー裁判所の判例の調査・分析も開始した。 コモン・ロー裁判所が、もともとコモン・ロー上脱法行為であったユースに自ら対処しはじめ、コモン・ロー裁判所と大法官府裁判所の双方で緩やかなルールが作られつつあった時期に、ヘンリ8世が強引に後押しするかたちでユース法(1535-6年)が成立した。これによりそれまで積み上げられてきた判例の流れが大きく変わり、土地法は混乱に陥った。現在はこの実態を詳らかにしつつ、それでもなお大法官府裁判所が生き残っていく理由、その役割を再考するべく研究を継続している。
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