研究実績の概要 |
本年度は、まず、ローマ法の信託遺贈fideicommissumの法的発展過程と、この制度によって実現されていた複合的な機能、さらに、それらが法体系全体に与えた影響について総論的にまとめた。そこから、信託遺贈は、重要な「死後の包括的財産管理」方法の一つであったことが明らかになった。 さらに、各論的研究として、母方財産bona maternaをめぐる財産管理・相続承継に着手した。ローマの家族秩序の基本原理に従えば家父長paterfamiliasが家族財産の唯一の所有者であったが、319 / 315年のコンスタンティヌス帝勅法(CT.8,18,1および2)は、家子が実母を相続して得た財産(bona materna)について、家父長の処分権を否認して使用収益のみを認めるなど、家父長権の制限を制度化するに至った。これについては、何よりも東部卑俗法の影響と結びつける理解がなされてきた。 一方、学説彙纂の検討から明らかになったことは、すでに古典期から、bona maternaが、bona paternaと区別されていたことである(Pap.D.28,5,79[78])。確かにbona maternaは家長に帰属したが、彼の遺言処分の対象からはしばしば除外された。再婚した父が、前妻から承継していたbona maternaを前妻の実子らに渡るよう先取遺贈または信託遺贈を設定するケースはこれをよく表す (Paul.D.36,1,83 [81])。また、家子がbona maternaの相続人に指定されたとき、家長にはこの家子の解放が義務づけられる。母または母方親族は、bona maternaを通して死後の財産管理と扶養をある程度デザインできたといえる(Ulp.D.35.1.92 ; Scaev.D.5,3,58など)。検討例はまだ少ないが、ローマ法の内在的発展を再評価する必要性が確認された。
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