研究課題/領域番号 |
16K03325
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
齋藤 彰 神戸大学, 法学研究科, 教授 (80205632)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 国際商事裁判所 / 国際仲裁 / イングランド商事裁判所 / 共生 |
研究実績の概要 |
本研究は、世界各国で進行している国際商事裁判所設立の動向を、国際仲裁との相互作用に着目しながら継続観察し、その分析を通じて国際紛争解決制度のエンジニアリングとも表すべき研究領域形成の端緒となることを目的とする 。平成29年度には、特に上海(6月)・ロンドン(9月)・ダブリン(9月)・エジンバラ(2月)にて調査を行った。上海では自由貿易区を中心に国際仲裁の強化に加え、国際商事裁判所の設置が検討されている。ロンドンでは、Rolls Buildingに本拠を置くBusiness & Property Courtが国際事件を含めたビジネス事件一般を扱う包括的な裁判所として手続等を明確化した、ロンドンでは2017年5月には世界中の商事裁判所の司法長官クラスが参加するStanding International Forum of Commercial Courtがイングランドの主導によって創設された。ダブリン・エジンバラでも商事裁判所は一定割合の国際事件を担当しており、特にスコットランドではエネルギー法などの特徴的な法分野を中心として国際仲裁制度を整備する姿勢が見られる。さらにアムステルダム・ブリュッセル・ハンブルグ・パリにおいても、Brexitの影響もあり、英語で手続を行うことができる国際商事事件に特化した裁判部門を各国の司法制度の中に設置する動きが見られ、平成30年5月にはパリにおける調査を計画する。 このように国際商事裁判所設立に向けた動きは加速しつつある。これまでに判明した点として、国際商事裁判所の整備は、必ずしも国際仲裁に対抗する選択肢を用意するということに止まらず、国際商事仲裁と国際商事裁判所とが相互にプラスの効果を生み出す共生関係にあるとの認識も根強く存在することが明らかとなりつつある。それは保全や仲裁判断の承認執行のみでなく、広く人材育成等にも及ぶと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度には特にイングランドの商事裁判所の所長(訪問時)であるブレア裁判官から直接に会って意見を聞くことができた。その際には、ヒアリング等を傍聴するなど、本研究の進展にとって重要な情報を広く獲得する機会に恵まれた。また欧州の各法域間では、Brexitの影響もあってか、国際ビジネスに関する紛争の争奪戦がはじまっており、こうした動向は国際商事裁判所と国際仲裁の単なる競争ではなく、さまざまな考慮要素を総合して事件を自国法域に呼び込むための複雑な戦略に基づくものとなってきている。もちろんそうした変化を引き起こした重要な原因として、法廷地選択合意の国際的な通用力を高める国際条約(ハーグ合意管轄条約2005)の発効や、各国の裁判所間での相互の判決承認施行の実務に関する覚書の締結などの新しい実務の進展によって、外国判決の承認執行制度の整備が進みつつあることも視野に入れる必要があることも明らかとなり、さらには世界各法域の商事裁判所の間において連携を促進する動向についても情報を得ることができた。 以上のような研究プロセスにおいて協力を得た方々との良好な関係を維持しながら、今後において調査を進めていく道筋も明確になってきており、この点が平成29年度の調査による重要な進歩である。 また平成29年度には、本研究に関する欧文の論文を一編刊行することができた。さらに複数の学会報告等において、本研究の問題意識を取り入れた研究報告を行う機会を得ることで、考察を深めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度には再度ロンドンに赴き、特に国際ビジネスに関連した紛争解決における仲裁と訴訟との相互関係について、専門家から情報を収集することを計画している。またイングランドにおいては、Lord Woolfによる司法制度改革の結果として、特にADRの活用促進を促す仕組みが訴訟手続の中に採り入れられたが、国際ビジネス紛争においてそれがどのようなインパクトを有しているのかについても合わせて調査を行う。 さらにパリでの調査を予定しており、平成30年3月にパリに設置された国際商事裁判所をめぐる動向とその他の国際ビジネスに関連する紛争解決制度との連携がどのように構想されているのかについて調査を行う。その際に、パリの国際商事裁判所の設置に関与した方達から情報を収集するとともに、国際仲裁や国際訴訟を扱うことを専門とする実務家に対する聴き取りをも行う。また、特にフランス語や自国の文化を大切にしてきたフランスの社会背景において、新たな国際商事裁判所における英語の使用や手続に関する英米法の影響がどのように受け止めれているかも調査する。ドバイやシンガポールの国際商事裁判所における手続のモデルはイングランドの商事裁判所であり、イングランドでの実務を経験した法律家にとっての使い勝手の良さが重要な利点として強調されてきた、この点に関して、大陸法を代表するフランスではどのような対応がなされているかは興味深い問題であり、その成功を占う上でも重要なポイントとなろう。さらに設立後3年が経過したシンガポール国際商事裁判所の状況についてフォローアップの調査を行い、本研究の最終的な目的に迫りたい。 日本においても、現在、国際紛争解決センターや調停センターなどの設置に向けた動きが明らかとなっており、こうした動向に関連して、本研究の成果に基づいて何か発信できるものがあれば積極的に行っていくことを考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度の実支出が予定より僅かに少なかったため、3,293円の次年度使用額が生じた。この残額は平成30年における調査の費用の一部として用いる予定である。
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