研究課題/領域番号 |
16K03337
|
研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
相澤 美智子 一橋大学, 大学院法学研究科, 准教授 (50334264)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 労働法 / 雇用差別 / ジェンダー |
研究実績の概要 |
初年度にあたる平成28年度は、本研究に直接関連するテーマにつき、いくつかの法学雑誌から原稿の依頼を受けたため、それらの原稿執筆を通して、男女雇用平等に関する日本法の問題点と課題について深く分析した。他方、海外に2度調査に行くことができ、男女雇用平等に関する外国法の過去と現在についても新しい知見を得ることができた。具体的には、以下の4つのことを成し遂げることができた。 第1に、日本の雇用における性差別で、今なお司法的に救済されずにいるタイプの差別は、具体的に以下の2つであることを明らかにした。1つは、過去の差別が今日まで存続しているタイプ、もう1つは、ただちに直接差別であるとの認定が下されにくい、人間の認知(ステレオタイプ化、バイアスの生成)にもとづく差別である。 第2に、男女雇用機会均等法の問題点を明確にし、日本の雇用平等法(とりわけ男女雇用平等)の課題を明らかにすることができた。課題は、法の実体面、手続き面、救済面のすべてにわたる。 第3に、労働法の基本理念は「生存権」か「人間の尊厳」かという学説上の対立の妥当性を分析し、私見としては「幸福追求権」こそが基本理念であり、「幸福追求権」の中身が「平等(男女平等を当然含む)」と「権利(基本的人権と社会的経済的文化的権利)」であることを示すとともに、社会的経済的文化的権利が実現されることが「人間の尊厳」の確保になることを示した。 第4に、海外調査を通して、アメリカおよびイギリスの雇用差別禁止法の先進性を相対化することができた。すなわち、調査を通して分かったのは、アメリカ法、イギリス法の先進性は、両国における雇用差別禁止法の改正およびその運用のされ方、さらには判例の変容等により、すでに過去のものになっている部分もあることである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第1の理由は、平成28年度に予定していたアメリカ調査を実施することができ、調査の目的としていた「紛争解決における行政の役割と権限」について、アメリカ人研究者から話をうかがうことができたことである。当初、雇用差別禁止法に関するアメリカの代表的研究者であるジョージ・ワシントン大学のマイケル・セルミ教授のみにインタビューを予定していたが、セルミ教授の紹介により、アメリカン大学のリチャード・ユーゲロー教授にもインタビューをすることができた。ユーゲロー教授の前職は行政官で、彼はアメリカ司法省の公民権部門(Civil Rights Division)で、系統的差別の訴追に携わっていた。アメリカの雇用差別禁止法は、行政に、私人に代わって訴訟を行う権限を付与している点が興味深い。その点について詳しくインタビューをすることができ、先行研究においては明らかにされていなかった系統的差別訴訟の実態を把握することができた。 第2の理由は、平成29年度に予定していたイギリス調査を、前倒しで行うことができたことである。本研究以前に行った研究を通して、アメリカよりもイギリスの方が、司法上間接差別が認められやすいことが明らかになっていたが、この度イギリスに調査に行き、研究者にインタビューを行った結果、イギリスの司法も、最近は間接差別の立証につき、原告である労働者に重い立証責任を課すようになっており、その結果として、間接差別が認定されにくくなっていること等、これまでのイギリス法に関する日本の先行研究が指摘できずにいた新事実を発見できた。 第3の理由は、本研究の成果をいくつかの論文に発表することができたことである。また、論文執筆を通して、次年度の研究計画がいっそう明確化できた。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、男女雇用機会均等法の改正を視野に入れた立法的提言ができるよう、これまでの研究を整理するとともに、まだ着手できていない以下の点についての研究を行っていきたい。 第1に、平成28年度に執筆した「『人間の尊厳』と労働法」と題する論文を発展させる形で、「『人間の尊厳』の不可欠の一部としての労働と生活」について考察したい。これは、すなわち、現行均等法がその目的および理念として掲げている「充実した職業生活」をどう考えるかという、立法の問題と深く関連するからであり、本研究の目的に直結するからである。 第2に、男女雇用平等が十分に促進しない原因として、「昇進させない企業」がある一方で、「昇進したくない女性」がいることも、先行研究が指摘している。「昇進させない企業」を司法が追認していることについては、平成28年度に執筆した「『昇進させない企業』をなくすための法的戦略」という論文において考察したが、「昇進したくない女性」と法との関係については、いまだ分析ができていないため、この点についての分析を勧めたい。 第3に、昇進とは無縁の非正規労働者が増加しており、それが女性に偏っているという問題も、男女雇用平等が進まない原因として指摘されている。男女雇用機会均等法は現在のところ非正規労働者に対する差別を禁止する法律になっていないが、イギリスでは雇用差別禁止法を通して非正規労働者(とりわけ割合的に女性に偏っているパート労働者)に対する差別を禁止してきた。とはいえ、平成28年度に行ったイギリスでの調査により、イギリスの雇用差別禁止法も変容していることが分かった。今後は、そのイギリス法がパート労働者に対する差別を依然十分に規制し得ているのか否かという点からイギリス法を検証し、仮にパート労働者に対する差別が不十分になってきているならば、その原因はどこにあるかを探求することで、日本法への示唆を得たい。
|