研究期間最終年度である2022年度は,新たな情報・知見の獲得よりも研究成果のとりまとめに重点を置いて作業した。そして,おおよそ次のような認識を得るに至った。 秘匿特権の理論的根拠をめぐっては,(1)法の支配・当事者対等・防御権保障等の(憲法的)「理念」に基づく「本質」論と,(2)それが社会にもたらす便益に依拠する「実益」論が併存し,両者は混然一体として論じられる。しかし,それぞれ利点・難点がある上,両者は時に相互に牽制し合うから,両者の分別と総合という思考が本来不可欠である。 (1)は,当の理念から秘匿特権が導出される理路を共有し得る者には説得力を有するが,それを疑う者との関係では建設的議論に資さない。また,憲法上の意義を強調するほど過去の手続の正当性を失わせる遡及効を無視し得ず,それが秘匿特権承認の障壁になりかねない。この相克は,動態的な「適正手続」観への転換とそれを支える理論的基盤の整備によって対処するほかなかろう。 (2)は,「理念」「本質」に関する対立をひとまず捨象した合意点の探求を可能にする上,実際の制度設計上は無視できない観点でもある。しかし,「実益」の評価は,各法域の社会・経済・文化慣行を前提とする人々の意識に左右されるところ,日本では研究期間前・期間内の実例の集積が甚だ乏しく,「実益」分析の素材を得られなかった。そこで,外国法に拠りつつせめて分析の道具立てを整備しようと試みたが,分析対象の把握と分析手法の整備とは視線を往復させつつ二つながらに達成されるべきものであり,一方を欠いては他方の達成も難しいことが痛感された。(2)に関する作業は現時点では道半ばと言わざるを得ない。 かくして,(2)の完遂および(2)と(1)の総合が今後の課題であるが,それは本研究課題の域を超えて刑事訴訟法学全般にわたるものであり,今後の研究生活を賭して取り組むべきものだと考えている。
|