研究課題
平成29年度においては、2016年8月8日にフランスで成立した生物多様性、自然、景観の回復に関する法律2016-1087号(生物多様性法)によって民法典に挿入された環境損害の賠償に関する規定(フランス民法典1246条以下)に関する研究を中心としつつ、合わせて近時フランスにおいて研究が進展しつつある契約責任の枠組みによる環境の法的保護についても検討を行った。まず、民法典上の環境損害の賠償制度については、2017年に東京で開催されたフランスの研究者らのグルーブによる二つのワークショップへの参加や文献調査などを通じて継続的な情報収集を行った。これら調査によって得られた情報も踏まえつつ、フランス環境法=民法の研究者による論文を翻訳、公表した。当該論文は、環境損害の賠償に関する民法典のあらたな諸規定の概要と意義について簡潔に示している。またフランスでは、最近、不法行為責任と並んで、契約責任の枠組みにおけるエコロジカルな意味における環境の法的保護の可能性も模索されている。エコロジーの保護の領域における契約責任の意義に関する研究は、いまだ形成途上の段階にはあるものの、本格的なテーズの公表など、本研究開始時の予想を上回る進展を見せている。エコロジーの法的保護における不法行為責任と契約責任との役割は相補的・連続的であることがうかがわれることから、本研究においては、エコロジーと契約に関するフランスにおける一連の研究のキー概念である「エコロジー公序」に着目して研究を行い、その成果を論文として公表した。なお、フランスにおけるエコロジー分野での契約責任の有用性に関しては、上述の翻訳論文中においても扱われている。
2: おおむね順調に進展している
本研究においては、フランスにおける民法上の環境損害の賠償に関する立法の検討が中核に位置づけられる。本研究の開始後まもない2016年8月8日に、生物多様性等の回復に関する環境法分野での大規模な立法の枠内で、民法典への環境損害の賠償に関する規定の挿入が実現し、早くも2017年春ごろから日本においてもフランスの環境法学者、民法学者による講演やワークショップなどの形式で当該立法の紹介が行われてきた。29年度においては、これらのワークショップ等への参加およびフランスで公表された文献の調査により情報の収集をはかるとともに、上記「研究実績の概要」に記載の通り、フランスの研究者の論文の翻訳によりその概要を紹介することができた。また、これまでは、フランス法における環境の法的保護の中心的関心は、侵害の事後的な救済(賠償=回復)にあったといえるが、フランス法は、環境への侵害が現実化する以前の法的対応にも無関心だったわけではなく、新しい民法典1252条は、環境損害の賠償とは別に、環境被害の未然防止または差止めのための合理的措置を裁判官が命令できる旨規定している。もっとも、近時フランスにおいては、この環境侵害の未然防止という問題について契約的手法の活用可能性への関心がとみに高まりつつある。当初、本研究は、狭義の民事責任(不法行為)の枠組みによる環境侵害の救済を中心に展開することを予定していたが、契約的手法による環境の保全や環境リスクへの対応に関する相次ぐ立法、環境法の契約化に関する本格的なテーズの公表等のフランスにおける近時の法状況に鑑み、契約責任を含む広義の民事責任法の枠組みでの環境の法的保護について研究を発展させることができた。
30年度は本研究の最終年度であることから、当該年度においては、2016年に成立したフランス民法典の環境損害の賠償に関する新たな制度の意義を明らかにすることによって、本研究全体の総括を行う。具体的には、①立法前の判例、学説、立法段階での議論と環境損害の賠償に関する民法典の新規定との比較を行うこと、②フランス民事責任法全体の改正をめぐる近時の議論との関連において環境損害の賠償制度の意義を明らかにすることを予定している。これにより、民法による環境の法的保護の意義と独自性を明らかにし、フランスの立法から我が国の環境保護法制への示唆を得ることを目指す。まず、2016年の生物多様性法による民法典への環境損害の賠償に関する規定の挿入については、上記「現在までの進捗状況」に記載した通り、立法直後から継続的に情報の収集と分析を行ってきているが、生物多様性法が非常に大規模な立法だったこともあり、立法直後に公表された論文等の多くでは、同法の条文自体や、立法までの経緯の紹介が中心的内容となっていた。そのため、本研究においても29年度までの段階においては、フランスの研究者による当該立法を紹介する論文の翻訳という形での速報的な成果の公表にとどまらざるを得なかった。しかし、立法から一定の期間が経過し、環境損害の賠償を含めて2016年の生物多様性法に関する論文等も徐々に本格化してきていることから、それら最新の文献等の検討を本年度の研究の中核とする。また、環境損害の賠償に関する民法典の諸規定の中には、将来の民事責任法の全体的な改正を先取りするものであって必ずしも環境損害独自とはいえない規定も含まれていることがうかがわれる。したがって、本研究においては、民事責任法の一般的改正と環境損害の賠償に関する新規定との関係を整序することが必要となる。
29年度に発注した洋書のうち、一部の図書の納品が30年4月以降となったほか、別の一部の図書については年度末直前になって書店から入手不可能との連絡を受け、購入を断念せざるを得ない事態となったため。また、外国旅費について、日程の関係で当初の予定よりも航空券代が低額となったため。既に発注済みの洋書の代金として予定していた額については、30年度に納品され次第、その支払いに使用する。29年度の年度末に入手を断念した洋書の代金に充てる予定であった額については、今年度、図書費として使用する。外国旅費が予定を下回ったことによる未使用額については、30年度国内旅費として使用する。
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