本研究は、環境リスクに対する「予防原則」の具体的な適用の在り方について、第1に、化学物質に関して、科学者と法学者の対話の中で検討することを企図していたが、①リスク学会(鈴木規之(国立環境研究所)と共同)、②日本学術会議―日本衛生学会共催シンポジウム、③環境法政策学会WS「科学・医学と損害賠償訴訟(その1)」の各報告などにより、実現した。①及び②では、水俣病など過去の公害発生時の状況を探求し、どの段階でどのような対応をすべきであったかを検討したが、①ではさらにより一般的な議論として、観察事実の一貫した理解が存在しない時期(第1段階)、観察事実の理解がおよそ一貫してくる時期(第2段階)と、観察事実と因果関係の双方に一貫した理解がなされる時期(第3段階)とを区別し、第3段階に至って初めて確率や数値化された幅として不確実性を議論できるという一定の結論を導いた。③では環境リスクに関する因果関係を、要件事実において、事実と考えるべきか、法的評価と考えるべきかを検討し、大塚としては、前者が適当との結論を得た。 第2に、原発に関しては、差止訴訟について、現在の科学的知見を前提として危険性を判断する裁判例が増加しているが、検討の結果、震災、火山など科学的知見が不確実な問題が多く、予防原則の発想を踏まえつつ、現在の科学的知見が不十分な場合にもどう対応すべきかを裁判所も検討しなければならないと考えている。一方、福島原発の国家賠償訴訟においては、原発の様々な不確実性が国の過失(予見可能性)の問題として扱われ、裁判例の多くは、確実性を必ずしも要求しない立場を示している。支持すべき点が多いものの、過失は行為時で判断されるものであることからすると、30年で6%の確率で津波が発生するとの長期評価をどう評価するかはなお明確でなく、ハンドの定式の活用も考えられる。なお、環境損害についても、検討を継続している。
|