2018年度の研究成果としては、柳沢史明・吉澤英樹・江島泰子編『混沌の共和国――「文明化の使命」の時代における渡世のディスクール』(ナカニシヤ出版、2019年2月)に、論文「ゴビノーとフィルマン――二つの人種理論」を寄稿した。これは2018年1月、東京大学にて開催された日仏シンポジウム「アフリカ・カトリシズム・文化相対主義――ライシテの時代におけるプレモダン的徴表のゆくえ」における口頭発表に補足・修正を加え、活字化したものである。その概要は以下のとおりである。 『人種不平等論』の著者ゴビノーは、白人を頂点とする人種的ヒエラルキーを前提に、近代化に伴う人種間の混血が人類史を退廃に導きつつあるとのペシミスティックな議論を展開した。その際、黒人は人種序列の最底辺に位置づけられ、原始芸術における若干の貢献を除いて、人類史にいかなる積極的な役割も果たしてこなかったとされる。 これに対してハイチ出身のフィルマンは、大著『人種平等論』において、こうしたゴビノー流の「科学的」人種理論の偏向性、そしてその背後に控える形質人類学による人種区分の恣意性・政治性を告発した。フィルマンが企図したのは、黒人の権利回復であり、混血の擁護であった。そこには世界で最初の黒人共和国を樹立したハイチ人の矜持を読み取ることができる。 なるほど両者の人種理論は真正面からぶつかるが、白人、黄色人、黒人という伝統的な人種分類に依拠しながら黒人の地位向上をめざし、ヨーロッパ文明の先進性を受け入れたうえで黒人がその水準に到達可能であることを証明するというフィルマンの戦略は、19世紀の人種概念の堅固さをかえって浮き彫りにしているといえるだろう。 わが国におけるフィルマンの『人種平等論』の紹介は、管見のかぎりでは、本論文が最初のものであり、第三共和政期の思想の解明に少なからず寄与するところがあると思われる。
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