研究課題/領域番号 |
16K03537
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研究機関 | 国際大学 |
研究代表者 |
熊谷 奈緒子 国際大学, 国際関係学研究科, 准教授(移行) (10598668)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 慰安婦問題 / 日韓関係 / 和解 |
研究実績の概要 |
本研究は日韓での「慰安婦」問題が20 年以上も和解を達成できていない原因を探ることを目指している。特に「慰安婦」問題において様々な主体によって取り組まれてきた多様な和解政策における加害・被害事実認識方法が時に生み出す複眼的視点に起因する相克もしくは協調の関係を明らかにする。特に、その関係が加害者被害者の記憶や相互認識に、そして和解にどう影響したのかを明らかにする。 そのために本研究はまず「慰安婦」問題以外の多様な事例の和解諸政策で生じてきた加害者と被害者の相克と協調関係を分析し、主な和解諸政策(補償、司法、記念碑、真相究明、謝罪)の概念の精緻化と諸政策間の時に双方向的な影響関係を解明する。次にそれらを日韓における「慰安婦」問題で採用されてきた9 つの和解政策の分析に適用し、問題解決を困難にしてきた事実認識の相克の全容を論理的に解明する。
この枠組みのもと、平成28年度に本研究者は以下の3つの和解政策に特に集中して取り組んできた。司法手続き(裁判)、真相究明、そして記念碑である。司法手続きと真相究明は相互の強みと弱み、相互補完関係を明らかにした。記念碑については2016年8月にソウルの南山公園に新たに建てられた記念碑の意義とソウルと釜山の日本公館前の慰安婦像が持つ道義的社会的政治的を解明した。 ただ、これらの研究と並行して、新たな進展となった2015年12月の日韓合意が日韓間での「慰安婦」問題和解にもつ影響の研究を並行して行った。日韓合意については、様々な論争を通じて日韓で解釈が対立した「強制連行」「性奴隷説」についての共通理解の部分が拡大したことを言説分析の手法で証明した。またその共通理解の拡大が政治的合意に結びつくには、北朝鮮の核・ミサイル危機と東アジアにおける中国の台頭という地政学的要素と、日米韓の安保協力を確実なものにしたいアメリカの日韓への説得があったことも明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度の研究では慰安婦問題における諸和解策については比較的効率よく日本、韓国、アメリカの関係者(政策担当者、活動団体、研究者)への聞き取りを行い、情報収集を行うことができた。 ただ研究の第一段階である和解の概念の理論的実証的整理が計画より若干遅れている。ゆえに今年度29年度前半は関連文献の読み込みの完了をめざし、必要に応じての関係者の聞き取りを集中的に行う。聞き取りでは和解諸政策の過程に実際に関わった人物、例えば歴史論争の主要学者、和解真実委員会の委員、裁判の原告、弁護士、政府関係者、真相究明への参加学者、記念碑計画の関係者を対象とする。 和解の5つの政策の概念分析のための資料読み込みは、多岐にわたり以下のテーマを対象とする。(1) 裁判については、未だ犯罪類型、訴因に関して論争のある東京裁判や最近の旧ユーゴ、ルワンダでの国際刑事裁判所における被害事実認定の扱いとその和解への影響を分析する。(2)真相和解委員会については、罪と責任を個人化するか否かで対照的な機能をもった南アフリカとグアテマラの真相和解委員会のケースを分析する。(3)記憶の共有については、日中、日韓の歴史共同研究や独仏の共通歴史教科書の試みの過程の和解への影響を企画の目的、政治的イニシアティブの有無、参加者の構成、和解達成での位置づけという点から分析する。(4)賠償・補償においては対象となる加害被害の枠組み、方法と根拠、時期、賠償補償過程での道徳的論争を理解する。(5) 謝罪については、謝罪の主体と対象、内容、政治的文脈と他の和解策との兼ね合いの時期、謝罪への反動主体とその対象などの観点から謝罪における加害・被害認識が和解に与える影響を考察する。(6)記念碑については象徴対象、設置場所を分析する。 これらのいくつかは本研究者の先行研究基づいて、研究会発表、ワーキングペーパーとなった。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策は平成29年度は以下の通りである。当初計画されてまだ未完成の研究(和解政策の概念的分類と分析、そして慰安婦問題の和解政策への応用分析)を行う。 慰安婦問題の実証研究においては今までにとられてきた和解政策を9つの段階を対象とする。1.日本政府による事実調査とそれに基づいて日本軍の慰安婦制度への関与を認めた1993 年の河野談話; 2.1995 年設立のアジア女性基金による償いプロジェクト; 3.1991 年以降続く元慰安婦補償請求裁判; 4.1996 年に始まる「慰安婦」教科書記載論争; 5.民間法廷としての2000,2001 年の女性国際戦犯法廷; 6. 日本保守系によるワシントンポストへの意見広告とアメリカ下院による対日非難決議; 7. 2011 年の韓国憲法裁判決の日韓慰安婦問題協議義務の判決; 8.2011年以降の韓国とアメリカにおける慰安婦像の設置; 9.マクグロウヒル出版教科書の慰安婦記述に対する日本政府の事実修正要求とそれに続く歴史家論争。 「慰安婦」問題の今後の進展具合により、特に日韓合意の行方を含めた事態の推移によっては新たな和解政策も研究対象として追加する。 研究と並行して、適宜学会発表、論文執筆も行ってゆく。今年度(平成29年度)は6月初旬と下旬にそれぞれ日韓合意と和解策(特に補償と記念碑)についての研究会と学会(Association for Asian Studies in Asia)で報告を行う。6月下旬の学会報告については、最終的には論文として学術雑誌掲載を計画している。12月までにはすべての和解政策の概念的分類と分析を完了し、翌年3月までに慰安婦問題の和解諸政策の応用分析を完了させる。必要に応じて追加的資料収集、追加的聞き取りを行う。 平成30年度は前年度に行った研究の論文と書籍としての執筆に集中する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の順序がかわり、当初予定していた第1段階の部分、概念分析の研究の部分の進みが遅れた。それゆえその過程で必要とされる書籍資料購入、入手手続きが遅れている。また第2段階の部分の慰安婦問題の和解策の実証研究においても聞き取り調査と資料入手読み込み作業が残っている。
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次年度使用額の使用計画 |
概念分析の研究と慰安婦問題の実証的分析の部分で残っているものの書籍資料購入・入手のための出費を予定している。また聞き取りのための旅費滞在費、そして学会発表の準備費、旅費滞在費のための出費を予定している。当初の計画にはなかったが研究効率化のためにリサーチアシスタントを雇うことも予定しており、そのための出費も計画している。
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