研究課題/領域番号 |
16K03574
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
森 直人 高知大学, 教育研究部人文社会科学系人文社会科学部門, 准教授 (20467856)
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研究期間 (年度) |
2016-10-21 – 2020-03-31
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キーワード | ヒューム / スコットランド啓蒙 / 共感 / 共同の利益 / 経済学の成立 / イングランド史 / 社会の形成と分裂 / 知慮 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、D.ヒュームの著作の横断的読解を軸として、彼の社会哲学と歴史叙述について、「共感」と「共同の利益」に力点を置いた体系的解釈を示すことにある。その意図は、共感と共同の利益というそれ自体としては人間の社会的本性と呼ぶべき原理が、ヒュームにおいては社会の形成のみならず分裂と崩壊をもたらす原理でもあるという、アイロニカルな社会・歴史認識を構築することにある。 これについて、平成29年度中、社会の分裂と崩壊をめぐるヒュームの叙述を検討する過程で、ヒュームの文明社会概念の根底に潜在的に専制的な主権の是認があるという着想が得られた。平成30年度は、この着想をさらに具体化して、ヒュームのテューダー朝認識に関する研究としてまとめ、国際学会での発表を行った。また、過去に発表を行った、ヒュームのアイルランド論を起点とした商業社会と専制的主権の結びつきに関する論考をブラッシュアップし、公刊の準備を整えた。 また平成30年度には、以上の研究を踏まえつつ、本研究が試みる体系的解釈について鍵となるモチーフを構想した。すなわち、共感と共同の利益という二つの社会形成原理それ自体が、同時に社会の分裂の要因ともなるという困難に対して、ヒュームが暗黙裡の処方箋として、商業社会化の進展を通じた主権の強化という逆説的な因果認識を提示していたというモチーフである。 なお、本研究の解釈の可能性や妥当性について、関連する研究者との交流を通じてより幅広く検討するために、平成30年5月12日には海外から2名の研究者を招聘して国際セミナーを開催した。互いの研究について踏み込んだ議論を行うとともに、本研究について招聘研究者から好意的なコメントと貴重な助言を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の当初計画では、平成28・29年度中に、共感と共同の利益が社会の結合のみならず社会の分裂をもたらしうる原理であることを示す予定であった。また平成30年度には、『イングランド史』におけるこれら二つの原理の働きを定式化する計画であった。これらの作業について、これまで予備的な検討を進め、共感と共同の利益という二つの原理がむしろ種々の党派的争いを引き起こし混乱の要因となるという試論的な理解を得ている。しかしながら、それらの理解を論文の形で成果公表するには至っていない。その点では、現在までの研究が計画通りに進捗しているとは言えない状況にある。 他方で、研究が計画通りに進捗していない理由として、外的な制約(研究28年度が年度半ばでの追加採用であったこと、また平成29年度には所属機関での予期せぬ事態により用務が増加したこと)は別として、研究の進行に伴って得られた新たな着想と、それによる研究課題の再定義がある。すなわち、社会的結合の二つの原理が同時に社会の分裂をもたらすという逆説に対して、ヒュームが商業を通じた主権の強化により対応することを構想していたのではないか、ヒュームのヨーロッパ文明認識の根底には、商業と結びついた強力な主権による社会全体の秩序化という構想があったのではないか、という着想である。平成29年度より、この着想に基づく本研究の解釈全体の再構築を試みており、その成果について英語圏の国際学会等で継続的に発表して一定の評価を得ている。この点では、当初の研究計画通りの内容ではないものの、より発展的な内容での研究とその発表を通じて、研究全体としては大きな進展を見せていると言える。 以上に基づいて現時点で見た場合、一方で発展的な内容での進展はあるが、他方で論文としての成果公表が遅れており、総合的には当初の計画よりも「やや遅れている」と判断するのが妥当と考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策としては、研究計画の優先順位を変更し、現在内容がまとまりつつある三点の研究を先行して公表し、さらに包括的な研究に向けた試金石としたい。優先順位の変更は、それら三点の研究の口頭発表に対する国内外の研究者からの助言に基づくものであり、当初の計画通りに研究を進めるよりも、新たに得た着想に基づく研究成果の公表の方がより意義が大きいと考えられるからである。 具体的には、以下の三点の論点について、論文を公表する。(1)『イングランド史』に見る共感と共同の利益による社会の分裂の様相について、(2)同じく『イングランド史』において、テューダー朝期の主権的権力のあり方がどのように描かれているか、そして(3)同著作においてこの主権的権力の生成が商業社会の発展とどのように結びついているか。このうち(2)と(3)に関しては、当初の研究計画では予定されておらず、研究の進捗に伴って着想を得た内容であるが、既に国際学会にて論文に近い分量での口頭発表を行い、国内外の研究者から早期に公刊するよう助言を受けている。当初の計画に拘泥するよりも、これらの研究の公表を優先したほうが研究上の意義が大きいと考えられるため、優先順位の変更を行いたい。 その上で、これら三点の成果へのレスポンスや批判を踏まえて、当初の研究課題である(4)『人間本性論』と『論集』、およびその知的コンテクストに即した共感と共同の利益に関する検討を行い、(5)以上の内容を総合して、社会の結合と分裂をめぐるヒュームの認識のあたう限り包括的な解釈を試みたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、主として公表予定の原稿の英文校正の実施を平成31年度4月以降に繰り延べたことによる。この原稿は英文論集に寄稿する予定だが、その発行スケジュールに遅延が生じたため、それに合わせて原稿の再度の推敲を行なった上で最終稿について英文校正を行うこととした。そのため、英文校正費用を中心として次年度使用額が生じたものである。 次年度使用額の使用計画としては、タイミングは変更となったものの、当初の予定通り、当該原稿の英文校正に使用する予定である。
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