本研究の目的は、D.ヒュームの著作の横断的読解を軸として、彼の社会哲学と歴史叙述に関する体系的解釈を示すことであった。過年度の実施状況報告書にも記載した通り、当初は「共感」と「共通の利益」を軸として横断的読解を試みる計画だったが、体系的解釈の構築のためにヒュームにおける主権的権力と商業社会の結びつきを解明する必要を認識し、計画の軸足をこの点に移した。 最終年度である2022年度は、この改訂された計画における未達成の課題、すなわちヒュームのテューダー朝認識及び党派とコンヴェンションに関する認識についての成果発表に取り組んだ。しかし、いくつかの要因が重なって研究以外の業務が大幅に増大した上、先行研究の検討に予想以上の時間が必要となったこともあり、これら二つの内容を論考として発表するには至らなかった。今後可能な限り速やかに発表できるよう努めたい。 とはいえ、本研究全体を通じて、次のような実績を得ることができた。まず、共感と共同の利益をめぐるヒュームの認識が持つ構造の把握が進んだことがある(ただし、より十全な解釈となるよう、主権と商業の連関の解明の上でその成果の発表を試みたい)。これに対して、現時点までに本研究の成果として公表できた内容は、ヒュームの社会哲学と歴史叙述を見る上での主権的権力と商業社会の連関の重要性に関連する論考3編(論文集への執筆2編と紀要論文1編)、及びそれに関連する学会発表4点、また重要な先行研究についての書評1編である。これらの論考・研究において、ヒュームが商業社会の成立の契機として主権的な権力による統合を重視しており、かつ商業がもたらす奢侈が、そうした権力的統合を内面的にも受け入れる誘引となるという連関を自覚的に認識しているという解釈を構築しつつある。本研究を進める中で素描されたこの連関をより詳細かつ緻密に検討することが、今後の研究の一つの目標となる。
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