本年度はハリエット・マーティノゥの後期の経済思想を中心に古典派経済学との関係を経済政策論やフェミニズム論の観点から分析した。マーティノゥと古典派経済学との関係は、本研究中でも『経済学例解』や初期の論文、寓話などから分析を進めてきたが、本課題の目的のひとつ、「マーティノゥの現代的意義」においては、後期、特に1850年代以降の著作が重要であるとわかってきた。古典派経済学においても産業化に伴う諸問題が経済学の議論を発展させてきたように、マーティノゥの経済思想研究においても1850年代以降のイギリスの協同体主義やアイルランド問題、インド問題、ナイチンゲールとのコラボレーションを通しての女子教育論などの時事的問題に対するマーティノゥのジャーナリズム関連の著作を精査する必要を理解した。本研究の最終年度では1850年代以降の著作で、従来から経済学と関係がないと思われてきた著作の中から経済思想を分析する試みとして『アイルランド通信』(Letters from Ireland)を中心に研究を進めた。結果、マーティノゥのアイルランド経済分析の中に現代の女性労働論にも通じるような内容や、1850年代以降の諸著作との関連の強さが理解できた。マーティノゥは第一波フェミニズム運動(女性参政権運動中心)以前のフェミニストであり、いわゆる「プロト・フェミニスト」であるが、女性の担ってきたケアや再生産、コミュニティの維持などの価値を経済的に評価すべきであるという主張は1850年代以降一貫している。本研究において明らかになったことは、マーティノゥの経済思想はこの点において古典派経済学との違いを際立たせていることである。これはマーティノゥの経済思想の独自性であり、20世紀以降発展していく家政学や家庭経済学への序章ともいえるのではないかというような結論を得た。
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