本研究は、19世紀後半のミクロ経済学の形成期に、これまでの学説史理解と異なり不均衡論的視点が均衡論に先行する形で登場してきたことに着目するものである。その視点は、ジェヴォンズとエッジワース、そして初期のマーシャルというイギリスの主要な論者に及んでいる。2016年度から2019年度の科研費研究により、不均衡論の視点は、収穫逓増の生産構造を背景に、包絡線構造、パラメトリック経済またゲーム理論的視点など、現代につながる分析ツールとしてエッジワースが展開していたことを明らかにした。また、同時にエッジワースが制度設計の視点を分析的に有するものの、具体的な政策論において必ずしも制度設計を推進しなかった事情を考察した。北米の経済学史学会 History of economics Societyで、エッジワースの収穫逓増下のミクロ分析、パラメトリック外部性の定式化の歴史的背景について報告した。最終年度は、科研費基盤研究 B「戦争と平和の経済思想―経済学の浸透は国際紛争を軽減できるか。」の連携研究者として、「エッジワースの契約モデルと戦争論:戦争状況のモデル化への試み」の研究を行った。完全競争市場の特徴づけとして経済主体間の結託行動ないし協力ゲームの視点だけに依拠してエッジワース契約モデルを解釈する見方を大幅に修正すべきことが見出された。エッジワースは、経済に限らず戦争状況も含む社会の一般構造を個々の契約の連結の場で捉えており、そのため彼の契約モデルは、一般均衡モデルとは著しく異なる拡張性を有している。この点に着目することで、現代のゲーム理論や統計学に依拠した実証研究の歴史的展開において、エッジワースの果たした役割が明らかにされると同時に、現代経済学の思想的、方法的理解を深めると考えられる。
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