貧困であることは、いつも金銭の不安に心を悩ませなければならないために、認知能力や実行制御力といった処理能力が損なわれ、間違った意思決定や衝動的な意思決定をしてしまいやすいという研究成果が近年注目されている。一方で、スポーツなどでハングリー精神の重要性が指摘されるように、貧困から生じる渇望が人々の行動の大きなエネルギーとなる場合もある。ベトナムにおけるインタビュー調査により、土地が肥沃で所得も大きいメコンデルタよりも、土地も貧しく気候も厳しい中部地域の方が、貧しさから脱却しようと努力する学生が多いという認識を人々が共有していることが確認できたため、ベトナムの全国的な家計調査データを、ベトナムの全国的に実施された価値観に関するデータベースと接合し、文化・価値観に関する地域的な違いが、家計の教育投資に与える影響についてデータ分析を進めている。地域が異なれば教育の収益率も異なるので、地域レベルで推計した教育の収益率をコントロールした上で、家計の教育投資の地域的な違いを検証しているが、地域によっては収益率が負となる地域が見られたため、現在、収益率の計測に関わる選択バイアスの問題を軽減する方法を検討中である。また、子ども自身のモチベーションは、親の教育投資よりも、成績により反映されるため、高校入学時から卒業時への貧困層と非貧困層の学力推移の違い、および選抜クラスに入ることの効果の違いを検証するために、ベトナムのタイグエン省の高校入学試験と高校卒業時のデータを収集している。 一方、昨年度実施したバングラデシュの調査データは、データクリーニングが終了し分析を進めているが、貧困層において現在バイアスといった認知の問題はそれほど重要ではないことが明らかとなった。これは当初の仮説とは異なるものであるが、科学的知見として重要なものなので、現在論文を執筆中である。
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