本研究の目的は、急速な経済のグローバル化の下で進展する各国の経済発展と国内外の所得格差、並びにそれらに関連して実施される経済政策について、動学的貿易モデルを用いた理論分析を行い、今後の経済予測と有効な政策の提言を行うことである。 最終年度には主として、生産技術に外部性が存在する下での動学的ヘクシャー・オリーンモデルの長期的な均衡に関する分析を行った。その結果、貿易を自由化することにより、長期的な各国の厚生水準が、経済の初期時点におけるファンダメンタルズだけでは決まらずに、経済主体の予想に依存することで、大域的な不決定性の発生が起こり得ることが分かった。 ここで大域的な不決定性とは、均衡経路が市場の需給メカニズムだけでは決定しないことに加え、その収束先も決定しないことを意味している。 そして、この結果は前年度に動学的南北貿易モデルを用いて行った分析の結果とともに、閉鎖経済下では安定的に存在する市場均衡が、貿易の自由化により不安定化することを示唆している。 また、閉鎖経済化での所得格差と経済発展の関係に関して、裕福な家計ほど将来に対する主観的割引率が低いとする仮定(decreasing marginal impatience、DMI)を導入して行っている理論分析からは、資産を持たない労働者の流入は、短期的には賃金の下落を通じて貧困層の厚生を悪化させるが、長期的にはDMIの仮定から導かれる資本蓄積により、経済の一人当たり資本量が流入前よりも増加することで、全ての家計の厚生を改善することが示されている。 このように本研究では、貿易の自由化や移民が、各国の経済に及ぼす影響について、重要な知見を理論的に明らかにした。
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