研究課題/領域番号 |
16K03665
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
中村 靖彦 日本大学, 経済学部, 准教授 (90453977)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 寡占市場 / 価格競争 / 数量競争 / 経営委任 / 経済政策 / 経済理論 |
研究実績の概要 |
平成29年度は,研究計画にしたがって,社会的責任を明示的の考慮する目的関数をもつ企業に関する研究に取り組んだ.具体的には,各企業が差別化された財を生産しあう寡占市場において,各企業が自社の戦略変数の組み合わせ,(財の数量または価格)を内生的に決定するゲームに関して,均衡における生起する市場形態の性質に関する考察を行った.この際,市場は所有と経営が分離した2社の企業からなり,各企業の所有者は自社の利潤を目的とするが,特に企業の社会的責任を明示的に意識する企業の所有者は,経営者に対して,社会厚生(消費者厚生と生産者厚生の和)を意識したインセンティブ契約を結ぶ状況を考察した.結果としては,両企業の市場における戦略変数が非対称になる2タイプの市場形態が均衡において観察されることが示された.すなわち,標準的な利潤最大化企業と社会的責任を明示的に考慮する企業からなる寡占市場において,所有者が企業の戦略変数を内生的に決定することが出来る状況下では,各企業が持つ戦略変数の組み合わせとして(価格,数量)または(数量,価格)のいずれかが成立することになる.このうち,「リスク支配」の観点からより尤もらしい均衡は,標準的な企業が価格を戦略変数に持ち,社会的責任を伴う企業が数量を戦略変数とする状況であることも示された.最後に,上記の2タイプの戦略変数に関して非対称な均衡市場形態においては,最大の社会厚生は実現しないことが示された.このことは社会的責任を意識し,経営者の目的に社会厚生を明示的に考慮する企業が存在するにも関わらず,所有者の目的関数が自社の利潤である限りは,政府等の公的機関なインセンティブと各企業の私的なインセンティブは両立しえないことを意味している.上記の研究は,本年度,国際査読付き雑誌に掲載された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成28年度および29年度で遂行予定であった,社会的責任を意識した目的関数を有する企業の戦略的な意思決定を伴う研究は,当該企業と標準的な利潤最大化を目指す企業が共存する産業における,戦略変数の内生化に関する研究として完成させ,国際査読付き雑誌への掲載を勝ち取ることができた.しかし,本来の予定ではもう少し早い段階での掲載を予定していただけに進度は早いわけではない.一方で,平成29年度は,上記の戦略の内生化の問題に関する論文を完成し,国際査読付き雑誌の掲載を獲得することできた.この研究においては,公企業所有者は自身の目的である社会厚生を考慮に入れたインセンティブ契約を経営者に提示する状況に注目して,各企業内での所有者と経営者による契約内容に関する交渉が,均衡において観察される市場形態に与える影響を考察した.結果として,各企業内での所有者と経営者の交渉力の差が,強く均衡市場形態に影響を及ぼすことを明らかにした.この研究の完成は,予定通りであったが,平成29年度中に進めるべく準備を進めていた,企業間合併と種々の競争政策の関連を明らかにする研究については,未だ完成していない.公私企業間合併は,現在まで研究者間であまり注目されてこなかったが,現実の経済でもたびたび観察される現象であり,その理論的解明は非常に重要な研究になると認識している.この方面での研究では,公私企業間合併と,各企業が従事する競争政策(R&D政策,戦略の内生的決定など)や公的機関による産業政策の関係性を明らかにすることを画策している.しかしながら,公私企業間合併の研究は、モデルにおけるパラメータが多くなるという問題点を内包しており,さらに,各企業が内生的に決定する競争政策の変数を考慮すると,解析可能なモデルを組み立てることが非常に困難になる.この困難性を解決することに注力しているのが現況である.
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度も引き続き,公企業や社会的責任を考慮に入れる企業と私企業が共存する寡占産業における企業間合併の問題を考察する.「所有と経営の分離」,「所有形態」,および「利潤以外の要素も考慮する」というような現代企業が持つ特質は目的関数の複雑化に現れ,さらに企業は財の生産や価格の設定のみならず,種々の競争政策に取り組んでいるのが通例である.そこで,平成30年度は,企業の複雑な目的関数の変化や競争政策としての多様な取り組みに注意して研究を進める.特に,企業間合併の問題について研究を進める所存である.この方面の研究では,現実にたびたび観察される公企業(または社会的責任を考慮する企業)と私企業の合併(公私企業間合併)と戦略の内生化を同時に考慮するモデルを提示することを目指す.具体的には,Kamijo and Nakamura (2009, Journal of Economics, 98:1-24)と同様に協力ゲームの解概念である「コア」を均衡解として位置づけ,企業の合併の意思決定と合併状態からの逸脱行動を同時に考慮に入れた分析を試みる.加えて,本研究では,合併前後の企業がもう一つの長期的な意思決定である,戦略の内生化に従事するものとする.ただし,この研究では,直接的にKamijo and Nakamura (2009)の方法をそのまま適用することが困難であることが判明している.そこで,均衡解として,企業間合併のような応用経済の問題に頻繁に用いられるHorn and Persson (2001, International Journal of Industrial Organization, 19:1213-1244)流の「コア」(通常の協力ゲーム理論で定義される「コア」とは微妙に異なる)を採用し分析を試みることで上記の不可能性を克服することを試みる予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度生じた,次年度使用額は「8947円」であり,この金額は,平成29年度に予定した学会出張が論文の改訂に手間取り行けなかったものの,その分を経年劣化により,故障したPCの補てんとして,適切に充てたことを考慮すると,予定していた「英文校正費」の誤差であると考えられる.平成30年度も英文により論文を執筆し,国際査読付き雑誌の掲載を目指す予定でいるので,上記「8947円」は英文構成費の一部として計上する所存である.
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