本研究は専門職の間で情報・知識が普及するメカニズムを解明し、情報の不完全性とイノベーションの研究に寄与することを目的としている。研究者と医師を対象に、①専門職はどのような情報・知識を誰とどの範囲で交換するか、その際のインセンティブは何か、②労働移動は情報・知識の交換の範囲に影響を与えるか、③専門職の情報・知識の交換の行動をどのようにモデル化することができるか、という三つの課題に取組んだ。2018年度までは主に研究者を対象に研究を行ったが、2019年度には医師を対象にアンケート調査を行い、研究者と比較することにより、主に①と③の課題に関して以下の新たな知見が得られた。 ①に関しては、先端知識や問題解決知識を吸収するにあたり、医師は研究者よりもウエブ、とりわけ学会・非営利団体が提供するウエブを使う傾向がある。研究者の場合に個人のネットワークが利用され、ウエブを利用する場合でも専門分野で中心的な研究者の個人サイトの利用度が高いことと対照的である。医師は学会等により知識の標準化が図られているのに対して、研究者は個人ベースのネットワークを使い、研究分野をリードする研究者の役割が相対的に大きい。また、知識共有のディスインセンティブに関する分析では、知識開示によるアドバンテージの喪失を懸念する傾向や守秘義務による知識共有の制約は研究者において強く、研究者の競争的環境が示唆される。 ③に関しては、研究者と医師の分析から、専門職のパーソナルネットワークを介した知識交換は、交換相手との地理的・制度的距離とネットワークのタイの強さによってモデル化できることが明らかになった。すなわち、強いタイが知識交換を促進し、また、地理的・制度的距離が小さいとタイの強さを媒介にした間接効果により知識交換は促進されるが、地理的・制度的距離の直接効果は交換される知識の種類・性質によって異なることが明らかになった。
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