研究課題/領域番号 |
16K03739
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
廣瀬 純夫 信州大学, 学術研究院社会科学系, 教授 (60377611)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | イベント・スタディ / 時価発行増資 / 第三者割当増資 / 地域金融 / コーポレート・ガバナンス |
研究実績の概要 |
2016年度法と経済学会全国大会(2016年11月5日,於 熊本大学)で,研究報告「銀行による第三者割当増資の問題について:1990年代後半の金融危機時の事例に関する実証研究」を行った.研究の目的は,流動性供給者としての銀行の存在が,融資先企業にとってどの程度重要なものなのかを検証することにある.具体的には,1990年代末から2000年代初頭の金融危機の時期,金融機関による第三者割当増資の実施に対する市場の反応について,イベント・スタディによる分析などを実施した.この期間の金融機関による第三者割当増資は,不良債権処理に伴う自己資本充実の必要性に迫られたものだが,引受先が異例に多いものがたくさんあり,数千件,多いもので1万件を超えるケースなどがあった.これらは,報道等によれば,増資を行った金融機関の融資先が引受手となった場合が多いとされる.その背景には,融資先企業が,流動性供給者としての銀行への依存度が高いために,銀行の資本調達に協力せざるを得なかった可能性がある. 分析結果によると,この時期の第三者割当増資の実施決議は,株価に正の影響を与えているものの,銀行による実施決議に限ると,有意な株価への影響を確認できない.さらに,割当先の数が多いことは,一般事業会社の場合,超過収益率に負の影響を及ぼす一方,銀行の場合,そのような影響を確認できなくなる.そして,銀行の第三者割当増資では,他のケースと比べて,ディスカウント率が低いほど,つまり,割高な募集価格になるほど,割当先数が多くなる傾向を示している. これらの結果は,融資先企業が,流動性供給者としての銀行への依存度が高いために,銀行の資本調達に協力せざるを得なかったこと,さらに,このような金融機関による第三者割当増資の実施を市場は好感していなかった可能性を示唆している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の2つテーマに沿って,2016年度の研究の進捗状況を以下にまとめる. (1)株主との関係変化・株式持合構造を通じての検証 制度環境の変化による株主との関係変化を検証するため,1980年代後半から1990年代初頭の期間と,リーマンショック以降の期間について,時価発行増資実施アナウンスメントに対する市場の反応を,イベント・スタディの手法を用いて検証した. 1986~1992年を対象期間とした場合,株価に正の影響を確認できた.広瀬(2013)では,1993~1995年のデータを用いた場合,時価発行増資の実施決議が株価に正の影響を及ぼすという実証結果を得ている.この期間,証券業協会が,時価発行公募増資にかかるガイドラインの下に時価発行増資実施を抑制していた.このため,証券取引所上場基準充足などの目的がある必要に迫られた案件に限られ,逆選択の影響が緩和されたとの解釈を示した.しかし,今回の分析結果では,ガイドラインによる公募増資抑制の前の時期であっても,株価への正の影響が生じていることを示している.時価発行増資実施アナウンスが,株価に正の影響を及ぼすという点は,特異な現象であり,かつての日本企業のガバナンス構造の特徴を表している可能性がある.このことは,本研究の目的である「法制度改革の結果,投資家から経営者への規律付けとしてのコーポレート・ガバナンスの構造が,どのように変化したかを検証する」上で,重要な発見といえる.一方,リーマンショック以降の場合,時価発行増資実施のアナウンスメントは,株価に強い負の影響が及んでいることが確認された. (2) 銀行との関係変化・内部留保の蓄積による流動性制約への対応 上記の研究実績で述べた通り,地域金融機関を主要な資金調達チャネルとするような中小企業では,流動性供給者としての銀行の役割が,依然として大きいことについて,間接的な証左を得られた.
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今後の研究の推進方策 |
本研究の2つのテーマに沿って,2017年度以降の研究の推進方策を以下にまとめる. (1)株主との関係変化・株式持合構造を通じての検証 2016年度の研究で確認した「時価発行増資実施アナウンスが,株価に正の影響を及ぼす」という点は特異な現象であり,かつての日本企業のガバナンス構造の特徴を表している可能性がある.そこで,1980年代の時価発行増資実施企業について,財務特性,成長可能性,株主構成等の観点からガバナンス構造上の特徴について検証を進める.同様の分析を,1990年代後半以降の時価発行増資実施企業についても行い,特徴の差異を比較検討する.同時に,1980年代以降の時価発行増資,および,第三者割当増資実施企業について,増資実施後の長期の株価パフォーマンスを分析し,制度環境の変化を考慮して年代毎の特徴を確認する.特に,第三者割当増資については,増資実施後の長期の株価パフォーマンスが悪いことが,米国市場のデータによる先行研究で確認されていることを念頭に置き,年代毎の第三者割当増資実施企業の特徴と長期の株価パフォーマンスとの関係について分析を進める. (2) 銀行との関係変化・内部留保の蓄積による流動性制約への対応 2016年度の研究で確認した,金融機関の第三者割当増資を融資先企業が引き受けるという事例は,地方銀行に多く見受けられる.そこで,どのような地域特性が銀行への依存度を高めるのか,地域内の金融機関間の競合度合い等を軸に,分析を進める.また,銀行に依存する代わりに,企業自ら流動性資産保有などで対応するという意思決定と,企業特性との関係を,日経NEEDS-Cgesのデータを用いて,実証分析を行う.その上で,流動性資産の保有状況および銀行依存度が,投資の意思決定に及ぼす影響について,企業の成長可能性の程度,そして,支配株主の存在の有無などガバナンス構造の差異との関係で,実証的に検証する.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究で,安定株主工作に関する分析での株主構成に関する情報,そして,流動性資産保有状況と資金調達構造との関係等に関する情報について,日経Needs Cgesのデータが不可欠となる.2017年度に実施する研究分析で,2015年度までの状況を反映させるため,2017年度中に,2015年8月時点,および2016年8月時点のデータを購入することとした.(2014年8月時点までのデータは,すでに整備ずみである.)その理由は,リーマンショック以降のサンプル数を,できるだけ多くすることで,近年の資金調達環境変化の影響を,より正確に把握することにある.当初の予定よりも,2017年度中のデータ購入への支出が増えるため,2016年度の助成金の一部を2017年度使用額に充当することとした.
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度請求額とあわせて以下の通り使用する計画である.日経Needs Cgesは,1カ年分のデータが432千円となる.2017年度には,2カ年分864千円の支出となる.この他に,株価関連データ2017年版(金融データソリューションズ)の購入に216千円を支出する.この他,研究会出席のための国内旅費として30千円の支出を予定している.
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