研究課題/領域番号 |
16K03739
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
廣瀬 純夫 信州大学, 学術研究院社会科学系, 教授 (60377611)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 第三者割当増資 / 地方銀行 / サンプルセレクションバイアス / 自己資本比率 / 情報の非対称性 |
研究実績の概要 |
2016年度の研究報告「銀行による第三者割当増資の問題について:1990年代後半の金融危機時の事例に関する実証研究」について,先行研究との比較検証を行うため,分析内容の精緻化を行った.比較する主要なポイントは,銀行による第三者割当増資実施決議時の株価超過収益率と自己資本比率との関係である.先行研究では,増資を実施する銀行の自己資本比率が低い場合ほど,超過収益率が高くなることを指摘している.自己資本充足という明確な目的がある場合,市場参加者との間での情報の非対称性の問題が緩和され,増資を実施する銀行の株価への負の影響が低下するためとされている. しかし,本研究で取り上げたサンプルのように,不良債権処理に伴う自己資本充実の必要性に迫られた銀行は,ランダムサンプルとは言い難い.サンプルセレクションバイアスの問題への対応として,増資実施の判断を考慮したヘックマン2段階推定を用いて分析を行う必要がある. 分析結果は,まず先行研究と同様に通常の回帰分析を行ったところ,超過収益率と自己資本比率との負の相関が確認された.さらに,増資実施の判断を考慮したヘックマン2段階推定の場合も,超過収益率と自己資本比率との負の相関が確認された.しかし,説明変数に,希釈化率(増加株式数/発行済株式数(新株発行後))や,ディスカウント率 ((取決前日価格-募集価格)/取決前日価格)といった発行条件を加えると,自己資本比率の係数は,統計的に有意ではなくなってしまう.このため,自己資本比率の水準に応じて,情報の非対称性の程度が異なるという先行研究の主張は,説得力に欠けると考えられる.なお,本研究で注目している第三者割当の割当先数の係数は正で有意である.この点は,増資を行った金融機関の融資先企業が引き受け手となってリスク負担を強いられたという本研究の仮説を裏付ける結果と言える.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の2つのテーマに沿って,2017年度の研究の進捗状況を以下にまとめる. (1)株主との関係変化・株式持合構造を通じての検証 2016年度に実施した,1980年代後半から1990年代初頭の期間と,リーマンショック以降の期間についての,時価発行増資実施アナウンスメントに対するイベント・スタディの分析結果を基にして,制度環境の変化による株主との関係変化について検証を進めた.具体的には,2つの期間それぞれで,時価発行増資を実施した企業を抽出し,双方の期間での市場の反応(超過収益率)の差異について比較検討を行った.その上で,市場の反応の差異と,安定株主比率などの株主構成の特徴をはじめとした企業属性に関する変数との関係について検証を行うためのデータ整理を行った. (2)銀行との関係変化・内部留保の蓄積による流動性制約への対応 上記の研究実績で述べた通り,ヘックマン2段階推定によってサンプルバイアスの問題を考慮した分析を行うことにより,銀行による第三者割当増資の実施に関して,自己資本比率の水準に応じて情報の非対称性の度合いが異なるという先行研究の主張とは異なる分析結果を確認することができた.また,割当先数が多く,零細な融資先へ増資引受けを強いた可能性が高いケースほど,超過収益率は高くなる傾向にあり,既存株主から増資を引き受けた融資先にリスク移転が図られたことを示唆する結果を得ることができた.
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今後の研究の推進方策 |
本研究の2つのテーマに沿って,2018年度以降の研究の推進方策を以下にまとめる. (1)株主との関係変化・株式持合構造を通じての検証 1980年代後半から1990年代初頭の期間に「時価発行増資実施アナウンスが,株価に正の影響を及ぼす」という点は特異な現象であり,そのような市場の反応をもたらした要因を解明することは,制度変化によるコーポレート・ガバナンスの構造変化を考える上で重要な問題である.そこで,まず,2017年度にデータ整理を進めた,1980年代後半から1990年代初頭の期間と,リーマンショック以降の期間についての,時価発行増資実施アナウンスメントに対する市場の反応(超過収益率)の差異について,安定株主比率などの株主構成の特徴をはじめとした企業属性に関する変数との関係について検証を実施する. (2)銀行との関係変化・内部留保の蓄積による流動性制約への対応 銀行に依存する代わりに,企業自ら流動性資産保有などで対応するという意思決定と,企業特性との関係について,2017年度中に整理を進めた日経NEEDS-Cgesのデータ等を用いて,実証分析を行う.その上で,流動性資産の保有状況および銀行依存度が,投資の意思決定に及ぼす影響について,企業の成長可能性の程度,そして,支配株主の存在の有無などガバナンス構造の差異との関係で,実証的に検証する.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の2017年度の成果について,東京大学大学院法学政治学研究科藤田友敬教授および東京大学大学院経済学研究科柳川範之教授と意見交換を行うため,2018年1月に東京への出張を予定していたが,先方の急用により,延期となってしまった.このため,2018年度早々に,あらためて意見交換の機会を設け,東京への出張旅費として充当する予定である.
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