本研究では資本市場に整合的な資本コストモデルの推定方法を提案することを目的として研究を開始した.当初,金利市場との整合性について,国債市場の金利期間構造を前提とした資本コストモデルの提案を目指したが,超金融緩和の政策の影響で国債金利期間構造がゼロ/マイナスの領域に達した状態で安定的に推移したため,マイナス金利を前提とする無裁定価格理論を再構成することの困難から,これをベースとする資本コストモデルの導入については断念し,第二の目的であるESG要因のと関連性調査を主眼として実施した. 特にガバナンスと資本コストとの関係性については,Fama-Frenchの方法を拡張した資本コスト分解を適用した研究成果について,「日本企業の資本コストにおけるガバナンス要因評価」として,2020年3月のOR学会で発表を予定していたが,残念なことに新型コロナウイルスの影響で学会自体がキャンセルとなり発表の機会を失った.しかし,資本コストと企業経営リスクの実証的な分析として,従来から同時並行的に取り組んできた関連する研究では,ガバナンスの客観的評価と企業が被る事故(インシデント)の発生の関連性について,特に情報漏洩というインシデントに注目した場合についてのモデリングと実証を試み,その成果は複数年にわたって複数の論文として発表してきた.2020年度については,Springerの国際論文集に収められる成果を得た.また,情報処理学会においては,情報処理学会論文誌ジャーナル特選論文として表彰されたことについても付記しておく. 一方,ガバナンス以外の要因,すなわち,環境(E)と社会(S)については当初の計画通りに進まなかった.ESGデータとして複数のベンダーのデータを利用したにも関わらず,資本コストとの有意な関係性を見いだせなかったことが主な理由である.より専門的なデータを活用するオプションもあるが,予算制約から実施できなかった.
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