本研究の目的は,英字新聞に掲載された船舶の出入港記録をデータベース化することによって,近代におけるアジア・太平洋地域における海運ネットワークの構造を解明することである。最後の19世紀的世界を示す1913年を中心とするデータベースを作成した。同地域における主要30港の記録を入力し,マイクロソフト社のソフトACCESSで総合的に整理を行った。復元された船舶の航行記録は約14万航海である。1913年の世界の船腹量の約30%を網羅した。この航行記録の距離と船舶の総トン数から,アジア・太平洋地域の海上輸送の構造について以下のような知見を得た。①東アジアでは世界的にみても最大級の海運ネットワークが形成されていた。とりわけ,横浜-神戸-上海-香港-シンガポールをつなぐルートの海運量は,年間500万総トンを超えるものであり,西ヨーロッパ,大西洋と比較しても遜色のない規模であった。②どの地域で見ても,域内海運の規模は域外海運よりも大きい,という事実を見出した。さらに国内海運の規模は,国外海運よりも大きい。以上の事実は,貿易統計を利用した海上交易研究とも符号する。本研究は,以上の事実から,近代における国際海運の意義を以下のように総括する。本研究は,従来の国際海運史における,国際競争,対外自立,帝国主義,カルテルという文脈を相対化した。すなわち海運を物流における中立的なインフラとしてとらえ,それがアジア・太平洋規模で形成された構造を解明した。そこから,次の事実を導き出した。国際海運は,国内海運の延長として存在していたのであって,国内海運の規模こそが,当該国,当該地域の国際海運の規模を規定した。つまり国際海運の発展は,国内海運の発展を前提とするものであった。
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