研究課題/領域番号 |
16K03778
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
鷲崎 俊太郎 九州大学, 経済学研究院, 准教授 (50306867)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 近世 / 江戸 / 土地市場 / 不動産経営 / 都市 / 家質 / 抵当 / 利子率 |
研究実績の概要 |
本研究における平成29年度の実績は,以下の2点を挙げられる。 第1に,昨年度までの研究成果を活かして,深尾京司・中村尚史・中林真幸編[2017]『岩波講座 日本経済の歴史』第2巻近世のうち,第3章「農業と土地用益」の第2節に,「近世都市の土地市場と不動産経営」を上梓した。これは,従来のケーススタディーを踏まえたうえで,その見解を新制度学派経済学の中に位置づけたものである。具体的には,江戸の町屋敷売買システムの形成が,不動産市場や抵当市場を活性化させた点,その流動性が低くは無かった点,町屋敷の所有権である沽券,および沽券担保金融の債権は町奉行所によって保護されていた点で,大名貸との利回りの差が幕府司法保護の有無によるリスク・プレミアムによって説明できる点を主張した。 第2に,鷲崎俊太郎[2016]「江戸の土地資産市場と不動産抵当金融 ―築地・鉄砲洲地区における町屋敷売買と家質の事例―」,『経済学研究』第83巻第2・3合併号にて取り扱ってきた江戸家質利子率について,その推計値を計量経済学的に分析し,その決定要因を求めるとともに,標準化の実行に努めた。この結果,江戸の家質利子率と米価との間には有意な正の相関が明確に見られた。従来の大阪を事例とする近世利子率研究の仮説では,19世紀に入ってからの金融市場が資金の過剰供給,金余り状態を原因とする相対的低金利時代を迎えていたと主張されていたが,この分析を通じて,江戸には大阪とは裁定関係になかったもうひとつの金融市場が存在していたと唱えられるようになった。 以上の2点が,本研究における平成29年度の実績である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究は,2年目を終了して,きわめて計画以上に進展していると主張できる。 その理由として,当初の計画では,江戸の町人貸を代表して家質貸利子率の推計のみが行われる予定であったが,その比較対象として,大阪大名貸の推計利子率分析も,同時に実施することができた点が挙げられる。大名貸の利子率についても,これまでの研究では年代ごとの平均値の推移のみに限られていたが,本研究においては,江戸家質貸利子率と比較するために,それと同様の方法で決定因分析を実施することができ,標準化することが実現できている。その結果として,大阪大名貸も,これまでの仮説とは異なって,米価と利子率との有意な正の相関が観察されたが,他方で,それを上回る程度に,トレンドが利子率を押し下げる要因が働いていたため,江戸家質貸と相反するように,幕末まで利子率を低下させる傾向にあることが,判明している。 ただし,これら2つの金融市場を直接比較するのは,江戸と大阪という場所の相違,および町人貸と武家貸という貸付先対象の相違にとって,難しい関係にある。そのため,今後は江戸の武家貸である浅草米蔵札差金融の事例や,大阪の町人貸に関する事例などを探求して,金融市場の立地や貸付対象先を考慮した4象限の比較を検討していこうと考えている。このような展望を描き出せているのは,当初の研究計画にはなかったことであるため,計画以上に進展していると述べられる。
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今後の研究の推進方策 |
上記「現在までの進捗状況」を踏まえて,今後の研究の推進方策として,以下の2点を掲示しておきたい。 第1に,江戸の札差金融については,住友家文書における「札差証文」が住友史料叢書として思文閣出版から刊行されたため,札差金融における推計利子率分析が可能となった。また,同じ札差史料として,一橋大学附属図書館所蔵の札差関係史料がデジタル公開されているため,これらを組み合わせて,江戸の武家貸金融市場に関する分析を進捗させようと考えている。そこで得られた結果を江戸町人貸を代表した家質貸利子率の推移と比較し,江戸の金融市場について定義づけてみようと検討している。 第2に,大坂大名貸の推計利子率分析を,さらに充実して行ってみたい。現在のところ,大阪大名貸の事例分析は,鴻池家の刊行史料に限定されているが,近年では加島屋を営んでいた廣岡家の文書の存在が明らかとなっており,廣岡家研究会[2017]「廣岡家文書と大同生命文書」,『三井文庫論叢』第51号で紹介されたように,同家による数多くの大名との貸付の存在が明らかになっている。廣岡家文書はまだ公開されている段階にはないが,その利用が開始された際には,大阪大名貸の推計利子率を新たに分析してみたい。 以上の分析を踏まえて,本研究の最終年度にあたる平成30年度には,2つの国際学会(The 6th Asian Historical Economics Conference in Hong Kong, September 21-22, 2018; Annual Conference of the Social Science History Association in Phoenix, November 8-11, 2018)にてその成果を報告する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の参考となる文献を購入の申請を実施していたが,納品が次年度となったため,次年度使用額が生じた。(なお,該当する図書は,平成30年4月に納品されている。)
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