わが国では,政策として展開されてきているものの,残念ながらすべての産業クラスターが成功を収めているといえる状況ではない。たとえば,農林水産省が主導した食料産業クラスター政策は,ほとんどの事業が失敗したか,十分な成果をあげることができなかった。その理由としては,参加者がクラスターの戦略を十分理解・共有していないこと,イノベーションが思うように進まなかったこと,補助金等のモニタリングがうまくいっていなかったこと,などがあげられる。 本研究の目的は,産業クラスターにおいて自然的に発生した戦略的協働によるイノベーションを,BSCの構成要素である戦略マップによって人工的に起こす方法を模索することである。まず,産業クラスターを戦略的協働を行う組織体として位置づけ,そのような組織体におけるイノベーション創出のメカニズムを説明する協働の窓モデルを紹介した。そして,戦略マップが,協働の窓の開放とその同期をいかに促進するのか,ということを検討した。そして,産業クラスターにおいて作成された戦略カスケードマップが,産業クラスターにおける協働の窓の開放とその同期を促進し,イノベーションを創出することに役立つのか,ということを検討した。 現在わが国で政策として展開されている産業クラスターは,必ずしも十分な成果をあげているものばかりではない。それらの産業クラスターには,戦略の共有,事業のモニタリング,そしてイノベーション創出の促進のためのツールが不足している。そこに管理会計が大きな役割を果たす余地が十分にある。本研究では,管理会計技法であるBSCや戦略カスケードマップは,産業クラスターでの戦略的協働の実現すなわちイノベーションの創出を促すひとつの「装置」となる可能性を示した。現在,産業クラスターに対する管理会計導入の研究はほとんどない状態にある。本研究がその端緒となる可能性がある。
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