研究課題/領域番号 |
16K04019
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
百合野 正博 同志社大学, 商学部, 教授 (20104606)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | アカウンタビリティ / パブリック・アカウンタビリティ / アカウンティング・プロフェッション / 公僕か官吏か |
研究実績の概要 |
私が科研費に応募した時点において、我が国における民間大規模株式会社の財務諸表監査は 一定の到達点に達していたと考えうる状況であった。そのため、科研費の研究テーマは、民間大規模株式会社の財務諸表監査のフレームワークを超えたパブリックセクターの監査であり、その監査をアカウンティング・プロフェッションたる公認会計士が担うとともに、ガバナンス支援機能を発揮するための理論的・実証的探求を行なったうえで具体的な政策提言を行うことであった。 しかしながら、2015年2月に東芝の「不適切会計」問題が発覚して2016年に入っても決着しなかったことの重要性は、上記の研究に取り掛かる前に明らかにしておかなければならないという問題意識を生じさせたため、2016年においては海外における調査研究よりも優先すべき課題であった我が国の財務諸表監査制度が内包する重大な問題点を明らかにすることを通して上述した科研費での研究との連続性を明らかにする単著の執筆に費やした。この単著は2017年度の日本監査研究学会「岩田・渡邊賞」に選定された。 2017年度においては、アメリカにおける聞取調査を次のスケジュールで実施した。 調査期間 8月17日(木)~23日(水) 調査対象 KPMG(大手国際会計事務所)ニューヨーク本部、AICPA(米国公認会計士協会)ニューヨーク本部、PwC Florham Park( 大手国際会計事務所米国品質管理本部)、PCAOB(米国公開企業会計監視委員会) この調査において、アメリカの公認会計士が民間企業の財務諸表監査のみならず、パブリックセクター の情報公開にも深く関わるという意識を有していると感じることができた。ただ、それがどのような背景の下で形成されたのかについての手がかりを得るまでには至らなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2016年度に生じた研究の遅れが東芝の「不適切会計」問題によるものであったことについては上述したとおりである。一般企業では「粉飾決算」として扱われて来た「会計不正」が、東芝のような「国策企業」においては「不適切会計」という聞きなれない用語とともに正当化されるという現実は、戦後70年かけて構築されて来た我が国のディスクロージャー制度を根幹から揺るがせた。 さらに、2017年度においては、当研究のターゲットであるパブリック・セクターにおいてちょっと信じられないような出来事が国会と各省庁において発生した。いわゆる「モリカケ問題」である。国有財産の払い下げと国家戦略特区をめぐり、公文書の改竄及び破棄・証拠の隠蔽及び隠滅・偽証・記憶喪失等が国会の場で堂々と繰り返されたのである。会計検査院の報告を巡っても検査される側の勝手な曲解がまかり通った。他の省庁においても同様の事例が複数発覚し、国政レベルにおいて「事実」を明らかにすることの難しさを我々は目の当たりにしているのである。 東芝事件はいつの間にかうやむやになってしまった。そして、現在進行中の国政レベルの出来事の成り行きも予断を許さない。2年続きのこれらの出来事は、当研究の意義と重要性を再確認させるものであるといえよう。それと同時に、研究のためのアプローチ設定の困難さを痛感させられる、我が国のこの領域の重要課題の象徴ともいうべき重要な出来事である。プライベート・セクターの無力さを見事に物語っているのである。 そのような我が国固有の社会環境の下では、当初設定した本研究で実施する研究手段の中核としての海外聞取調査をアメリカにおいて行ったものの、全体の評価としてはやや遅れていると言わざるを得ない。
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今後の研究の推進方策 |
【現在までの進捗状況】で記述したように、プライベート・セクターの無力さを痛感させられる出来事が2年続きで生じている我が国の社会的状況の下では、当初設定した海外聞取調査を中核に据えた研究手段を見直す必要に迫られていると言わざるを得ないかもしれない。ひょっとしたら、他国の事例は一切我が国に当てはまらないかもしれないからである。しかしながら、プライベート・セクターとパブリック・セクターの関係が良好に見えるフランスにおける聞取調査と、アカウンティング・プロフェッションの母国ともいうべきイギリスにおける聞取調査は行わないで済ませるわけにはいかない。日程はまだ確定していないものの、今年度後半にパリ、ロンドン及びエジンバラの国際会計事務所のスタッフに対する聞取調査を行うことを計画している。 聞取調査に加えて、我が国において極めて長期間にわたって維持された国家の形態がプライベート・セクターの無力化に及ぼした大きな影響を考察するために、会計・監査というこれまでの視点から離れた歴史的考察を行う。その視点というのは、同志社の創設者である新島襄が大学設立のプロセスで思い知った日本の為政者の認識レベルにおける「国」の強さと「民」の弱さに通ずるものであると考えている。新島襄の失望の原点をあぶり出すことによって、現在までの本研究の遅れは取り戻すことができると信じている。
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次年度使用額が生じた理由 |
(次年度使用額が生じた理由と使用計画) (理由) 当初実施する予定であった海外聞取調査を延期したため、その費用に見合う金額が今年度まで影響して次年度使用額となってしまっている。 延期の理由は「現在までの進捗状況」に記載したとおりである。ただし、海外聞取調査を延期をしてまでも時間を費やして出版した単著『会計監査本質論』は、我が国の監査制度にまつわる重要な論点を、江戸時代末から平成までの様々な出来事・制度構築・新聞や小説の記述を通して考察した類書にはないユニークな内容となっている。そして、会計監査の本質が今回の科研費による研究テーマにあることを明らかにした。したがって、次年度使用額は生じたものの、一定の成果を得ることができていると自負している。 (使用計画) 2018年度は、フランスとイギリスにおける聞取調査を実施する。予算的には、次年度使用額に見合う金額となっている。聞取調査に加えて、我が国において極めて長期間にわたって維持された国家の形態がプライベート・セクターの無力化に及ぼした大きな影響を考察するために、会計・監査というこれまでの視点から離れた歴史的考察を行う。書籍やデジタル資料を読むことを中心とした研究となる。現在までの遅れを取り戻すだけでなく、当初見えなかった成果も期待できるのではないかと考えている。
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