本研究課題では、東日本大震災以後の「想定外」に関する議論状況を「無知をめぐる争い」として特徴づけたうえで、たとえば「戦略的無知」等の多様な「無知」概念を援用すべきとの見地にたって研究を進めてきた。さらに言えば、知が無知よりも有益・有用である、あるいは知っていることのほうが「望ましい」との想定すら留保し、近年の社会学内外の「無知研究(ignorance studies)」の潮流にならって、いわば(ある立場にとっての)無知の有用性にも着目すべきであると考えてきた。最終年度となる本年度は、本研究課題を総括するべく、現在、「無知」の「構築」的性質や「政治性」(戦略的無知)を視野に入れた社会学的無知研究の理論的基礎を固めるため、リスクと無知に関する単著を速やかに刊行するべく準備中である。また、本年度刊行した雑誌論文においては、科学と社会の関係に対する精確なアプローチを試み社会の各セクターごとの「無知の構築」のされ方の違いを浮き彫りにしていくために、社会学における伝統的テーマである機能分化論の再検討、ならびにJ.マイヤーらの(社会学的)新制度派の議論と(機能分化論に立脚する)社会システム理論との接合を試みた。社会システム論の「世界社会」仮説は、「機能分化」仮説との間に齟齬があるとの指摘は中南米の研究者を中心に数多いが、同型化(isomorphism)とデカップリング(de-coupling)の概念を軸の一つにした新制度派の考え方を媒介にすることで、この両仮説を連結させうるとの見通しについて論じた。この議論は、ベックの世界リスク社会概念の内実を再考するうえでも重要であると思われる。
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