デュルケームの自殺類型論の理論的検討については,「社会の非個人性(非人格性)」もしくは「個人と社会の対立」というデュルケームの発想に着目して作成した「個人と社会の異質性とディシプリンの変容」(『広島法学』41(3): 256-74,2018年)に基づき,「人間存在の二重性」という原理が集団本位的自殺として今日の日本社会における過労死・過労自殺の背景にあるという発想を得,自殺類型の原理である「統合」と「規制」が対立する作用であるという本課題の中心的仮説に組み入れた。そして,日本社会における過労自殺多発の背景として,経済のグローバル化によって数を絞り込まれた正規労働者と不安定な非正規労働者とに労働市場が二極化した結果,前者において集団本位・アノミーが常態化し,そこに金融危機などの非常事態が引き金となって自殺が多発するというメカニズムを見いだした。 年齢調整自殺率の地域分布および各種社会経済指標の作成と分析については,都道府県別男女の年齢調整自殺率と様々な社会指標との関連を確認した。とりわけ,社会関係資本の指標が男性自殺率と正相関し,女性自殺率と逆相関するという地域分布,そして社会関係資本が失業率と逆相関関係にありながら,両者とも男性自殺率を上昇させるというパスモデルは,地方における高い自殺率の原因として,「集団本位主義」仮説と「地位剥奪的貧困」仮説がともに有効であることを示した。 過労自殺の事例分析と理論的検討については,過労死・過労自殺の訴訟資料や各種報道資料の分析により,かつての日本的経営の特色であった現場主義が,経営陣の「現場まかせ」に変質し,過重労働の背景をなしているという仮説のもとで事例の分析を進めた。諸事例の内実は多様で,職務の変更による適応過程の問題なども関連していた。また,沖縄戦における集団自決の事例も再構成した自殺類型論に位置づけられることを検討した。
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