明治中期には、土地の私有化によって地主-小作関係が拡大し、大地主からの治水の要望が強まり河川法が制定された。その後、明治末頃には産業化の進行によって利水競合問題が起こる。この水力発電事業の水利権参入による利水競合問題に象徴されるように、河川は歴史的に見て常に利害対立の焦点となってきた。それゆえに河川をめぐる政策・法制度の変遷は社会全体の変動を映すいわば<鏡>となってきたのである。 明治以降の河川の政策・法制度の変遷を社会変動の一般的な諸要因と理論的に関連づけて分析し、それにもとづいて近現代日本の長期の社会変動を逆照射する―これが本研究の目的である。 令和元年度は、利水競合問題を考える上で重要な要因の一つである「省有化」の理論的研究を進めた。ナショナリゼーション(国有化)にとって領土が重要な要素となるように、省有化にとってはそのテリトリー(管轄領域)が重要である。同様に、ナショナリゼーションにとって「国民」が重要であるように、省有化にとってはそのクライアントすなわち「省民」が重要である。 日本において「省有化」という現象が重要であるのは、明治以降に存続した長州閥や薩摩閥などの藩閥がそれぞれにそれぞれの省を藩閥化した結果、省庁間のセクショナリズムがいっそう激しくなったからである。また、この省有化という発想にもとづけば、日本の近代において省有化から漏れ落ちた人びとや産業がどのように行動したのかを考えることで、これまで十分に理解することのできなかった現象を説明することができるようになる。河川に関連するものでは、流筏林業者が主役となった庄川流木事件、熊野川の流筏林業に依存した新宮の木材業者の盛衰、環境の商品化の結果生まれた環境保護運動である第二次河口堰反対運動などである。これらの現象についての分析を「省有化」の枠組みにもとづいて分析した。
|