研究課題/領域番号 |
16K04043
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研究機関 | 長崎ウエスレヤン大学 |
研究代表者 |
吉野 浩司 長崎ウエスレヤン大学, 現代社会学部, 助教 (40755790)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | サンクト・ペテルブルク大学 / マキシム・コヴァレフスキー / ロシア社会学史 / チェコスロバキア / マサリク |
研究実績の概要 |
平成28年度9月にサンクトペテルブルク、モスクワ、ボログダの3都市で調査を行った。 ①サンクト・ペテルブルク大学では、ソローキンが利用した当時の校舎を見学した。またケレンスキー内閣の秘書官として働いた冬宮(現エルミタージュ美術館)、革命後収監された牢獄(ペトロパブロフスク要塞)などを視察し、当時の資料(「ソローキンの名が記載された当時の囚人のリスト」など)を入手した。ペテルブルク大学社会学部では「日本におけるソローキン研究」と題する特別講義を行った。1920年代から現在までの研究史を、学生向けに講義する。大学附属図書館ではソローキンが寄贈した署名入りの自著のコレクションを見ることができた。新資料として同大学のマリーナ・ロマノソーヴァ氏より、氏が発見したソローキンの未発表小説およびその紹介をかねた記事について、詳しく話を聞くことができた。さらにソローキンの師の1人であったマキシム・コヴァレフスキーを研究する、同大学所属アザラン・ヴォロノエフ名誉教授およびデニス・ミロノーフ研究員との研究ネットワークを新たに構築できた。 ②モスクワでは旧知のアレクサンドル・ドラゴフ氏(ロシア科学アカデミー研究員)と対談し、現代ロシアにおけるソローキン研究の動向を聞き取った。氏がホームページを運営しているソローキン財団の記事などを中心に紹介してもらう。 ③ロシア地方都市ボログダでは、ボログダ大学の地方史研究家レオニード・パノフ氏と対談した。対談後は氏の案内でソローキンが労働者向けに演説した場所など、ソローキンのゆかりの地を案内してもらった。100年前にソローキンが利用した路線が通説とは違っていることなど、貴重な情報を得ることができた。 上記のような見聞の一部は、日本社会学史学会および日本社会学会で口頭発表された。さらに学会で得たコメントを踏まえて、学会誌ならびに紀要論文として掲載している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
旧知の研究者たちとの親交を深める一方、最新の研究動向を直接的に吸収することができた。とくにソローキン研究所から出されている全集の最新刊『(ロシア語版)革命の社会学』(非売品)を入手できたのは、今後の研究の展開を方向付ける、よいきっかけとなった。アメリカに亡命した直後に出された『革命の社会学』は、ロシアを離れた後にしばらく滞在したことのあるチェコスロバキア(プラハ)で書かれた。そのことはソローキン研究の世界ではある程度は知られていることである。しかしソローキンのプラハでの研究・教育に関する事跡の詳細については、ほとんど知られていない。1920年代初頭にはプラハに亡命ロシア人のサークルがあり、ソローキンはそこで多様な学者、知識人とつながりを持っていたことが、今回の調査で明らかとなった。その中には、たとえばフランスに渡った深層社会学者G.ギュルビチやアメリカに亡命した法社会学者ティマシェフなどが含まれている。彼らとのつながりは、アメリカ亡命後も継続した。これらは今後深く彫り下げる必要がある。 また他方においては、新たな研究者とのネットワークを獲得し、研究の広がりを持たせることに成功した。とりわけサンクト・ペテルブルク大学社会学部では、調査のみならず、社会学史を学ぶ研究者、大学生との交流を持つことができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究はソローキンの初期の事績の中から、彼の晩年の利他主義研究の萌芽を読み解こうとするものである。今回のロシアでの調査によりロシアからアメリカへと亡命する間の数年間を過ごしたプラハでの学問的事跡が重要であることに気づかされた。これまでのアメリカでのソローキン研究史はもちろんのこと、ロシアでの研究史でも、ほとんど触れられていない。幸い初期の大著『革命の社会学』のロシア語版(非売品)を今回入手できた。ソローキンがプラハで執筆したもので、本書の訳注などを手がかりにすることで、ソローキンのプラハでの学問的業績を深く検討する手がかりをつかむことができた。 初期のコミ族の民俗誌的調査や哲学的トルストイ論が晩年の利他主義に影響を与えたことは平成28年までの研究で、ある程度明らかにした。しかしプラハ時代にどのような経緯から農村社会学に着手することとなったのか。それとソローキンの最初期の民俗誌的研究ならびに晩年の利他主義研究とどのように関連があるのか。それについての研究を、今後推進していかなければならない。 注目すべきはロシア革命後プラハにはロシアからの亡命知識人のコミュニティが形成されたことである。そのコミュニティの中に、むろんソローキンもふくまれている。これまでのソローキン研究では、こうしたチェコ時代の事績は、ほとんど手がつけられていない。さらに思想史や亡命知識人論の研究でも、1920年代に存在したプラハのロシア人サークルの存在は知られていても、社会学者については触れられることが少ない(文学者のナボコフや構造言語学者のヤコブソンやトルベツコイなどの事跡は比較的よく知られているところである。彼らとソローキンとは、きわめて似た境遇にあったといえる)。 以上のことから、本年度は、研究計画の中に、このプラハのロシア人サークルを盛り込むことにした。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度の現地調査の過程で、ソローキンがチェコスロバキアで行った事績の重要性が、新たに浮上してきた。そのため予定では2度の現地調査を1回とした。平成28年度の残額分は、チェコ(プラハ)での調査のための備品費・旅費にあてられる。さらに平成28年度に日本における利他主義の展開に関する研究発表をロシアで行う予定であったが、これは平成29年度に国内での2回の研究会での発表に変更することとした。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度6月に大阪と福岡で開催される研究会(「埋もれし近代日本の経済学者たち」研究会)で、日本における神秘主義的利他主義の展開に関する研究発表を行う。また同9月にチェコで現地調査を行うための諸費用として用いる。主としてプラハにおけるソローキンの事跡、さらには1920年代に存在したプラハにあったロシア人サークルについて調査する。特に雑誌や著作物の資料収集を行う。また現地の社会学史研究者、ならびに研究機関への訪問を予定している。
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