研究課題/領域番号 |
16K04063
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研究機関 | 特定非営利活動法人社会理論・動態研究所 |
研究代表者 |
猪股 祐介 特定非営利活動法人社会理論・動態研究所, 研究部, 研究員 (20513245)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 満洲移民 / 引揚げ / 戦時性暴力 / 男性性 / 集合的記憶 / 歴史認識 / 平和記念館 |
研究実績の概要 |
満洲引揚体験の記憶化に関して理論構築と事例分析において次の成果が挙がった。 理論構築では、ソ連兵による日本人女性のレイプを分析するにあたり、ホモ・ソーシャリティ、トラウマ、ネオ・マルクス主義の理論の援用が有効であることが明らかとなった。ホモ・ソーシャリティにより引揚後の被害女性の語りに対する抑圧が、トラウマにより被害女性が被害体験を語り出す過程が、ネオ・マルクス主義により戦後日本の戦争体験言説の構築されてきた歴史が、それぞれ分析可能となった。 事例分析では、満洲開拓団の旧入植地訪問、平和記念館、戦争体験の語り継ぎに対する参与観察を通じて、これらに共通する課題として「戦争体験の戦後世代への継承」があり、それぞれ次の対策を講じていることが明らかとなった。満洲開拓団では旧入植地に建立した中日友好碑の破壊を受けて、記念碑によらない記憶化を模索していた。平和記念館では戦後世代の語り手ボランティアの育成や一般市民対象の講演会・ワークショップの開催等により、「開かれた記念館」への脱却が着実に進展していた。これら組織化された記憶化とは別に、諸個人の緩やかなネットワークによる記憶化が、映画・マンガ等のサブカルチャーやSNSを活用等により展開していた。 これら成果により、満洲引揚体験の記憶化を1945年―1980年代の指導者世代期、1990年代―2010年代の戦時中青年世代期、今後の戦後世代期に区分した上で、その連続/断絶を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2017年度は参与観察やインタビュー等のフィールドワークや研究会の参加等の経験的研究活動を積み重ねることで、これまでの理論構築や事例分析に基づいて構想した仮説を検証できたと同時に、文献調査主体の研究では得られなかった視座やデータを得られたことで、本研究を新たな段階へと発展させられた。 視座については、『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(2018年2月出版)執筆者による研究会の参加やその後のメーリングリストでの議論を通じて、満洲引揚時の性暴力の語りから、共同体内部の加害/被害の重層性、共同体(開拓団等)による抑圧/被害女性・関与者による抵抗、モデル被害者像の構築・解体・再構築を剔出することに成功し、満洲引揚体験の記憶化の複雑性を説明する理論構築に向けた第一歩を踏み出せた。 データについては、満洲開拓団の旧入植地訪問・平和記念館の参与観察を通じて、「戦争体験の戦後世代の継承」に対して展開されている、多様なアクターによる多様な歴史実践の分析につながる記録や史資料を得られた。なかでも特筆すべきは、戦時中青年世代が2000年代に入り、満洲縁故者団体の世代交代、家族との関係の希薄化、自らの高齢化、そしてグローバル化以降のアジア・太平洋戦争をめぐる歴史意識の転換等により、沈黙を破り証言する現場を記録した動画データ(具体的には満蒙開拓平和記念館所蔵の語り部講演会の録画データや証言DVD)を収集できた。 このような新たな視座やデータは、これまで積み重ねてきた研究成果の再解釈・再検証につながり、個々の研究成果を有機的に連関させられるようになり、本研究を当初の予定通りの段階へと推進することができた。
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今後の研究の推進方策 |
2018年度は、過去3年度の研究成果を集大成する翌年度に備えるべく、全ての文献調査とフィールドワークを終える必要がある。これまでの年度以上に集中的に調査を行い、それと並行して満洲引揚体験の記憶化の複雑性を分析可能とする理論構築を行う。 文献調査では、満洲引揚げに関する小説や聞き書き等の集合的記憶と深く関わる資料の収集はだいぶ進んでいるが、まだ調査が足りていない資料として、満洲引揚げや引揚者支援の政策に関する公文書及び理論構築のためのジェンダー・ポスト構造主義・ポストコロニアリズムの研究書が挙げられる。前者については国会国立図書館に加えて、滋賀大学経済経営研究所始め各大学所蔵の満洲引揚資料の収集・分析を行う。後者については『戦争と性暴力の比較史へ向けて』シンポジウム・研究会等への参加を通して、近年の理論研究の展開を把握した上で、戦時性暴力の語りから戦後日本のナショナル・ヒストリーに至る満洲引揚体験の記憶化の分析に有効と考えられる研究書の収集・分析を行う。 フィールドワークでは、満蒙開拓平和記念館・舞鶴引揚記念館等の満洲引揚げと深く関わる平和記念館における「語り部養成事業」を中心に、「満洲引揚体験の戦後世代への継承」を持続可能とする歴史実践を明らかにすべく、関係者へのインタビュー調査等を行う。また2016年度頃より「満洲引揚げ」を扱ったドキュメンタリ番組等が定期的に製作されるようになり、それら番組にて戦時中青年世代がこれまで沈黙してきた満洲引揚体験を証言する場面が放送されるようになった。これらテレビを始めとする近年のマスコミ報道が、体験者の語り・共同体(開拓団、記念館、地域社会)・国家における引揚げの記憶をいかに変容させたかを明らかにすべく、証言者を中心に関係者へのインタビュー調査を行う。
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